契約結婚についてネットで調べていると、ほかにも私たちと同じような動機で契約を交わしている夫婦の方を見かけた。情報を収集すると、どうやら行政書士に頼んで契約書のフォーマットをつくり、公証役場に入ってもらって公正証書という形で仕上げるべきなのだという結論に至った。
早速都内のとある行政書士事務所に訪問し、「婚前契約」という形で契約書を作成することにした。草案については私自身が夫婦の希望をまとめて作成し、それを行政書士にチェックしてもらう形を採用した。
草案には、結婚生活にかかる費用を折半すること、家事を平等に分担すること、さらにどちらも相手の親戚と無理に付き合わなくてもよいといった内容を盛り込んだ。また、民法とは異なり、どちらかが希望すれば別居できることにした。
しかし、行政書士の話を聞くと「内容が民法に反しているから、公正証書にできる可能性は低い」との回答だった。契約では二人の希望を反映し、例えば相手が100万円以上の借金を背負ったときには離婚できるようにした「離婚成立の条件」や「扶養義務の無効化」を盛り込んでいるので、法的に問題があることは承知していた。ただ、むしろ法的に問題があることだからこそ二者間の契約という形で書面化し、効力を発揮させたかったのだ。
結局、行政書士の指導下でいくらか法律に寄り添った形に書面を修正し、契約条項の中身を厳密に検証しない「私署証書認証」を目指すこととした。
ところが、結論から言えば私署証書認証も実現することはできなかった。認証を担当する公証役場に連絡しても「法律や公序良俗の面から認証はできない」の一点張り。もちろん、その決定を下した公証役場や公証人に不満を覚えているわけではない。彼らは法律と職務にのっとって判断を下しただけであり、私が異を唱えたいのは判断の根拠になっている法律そのものだ。
私たちには法律に従って契約書をかなり修正するという選択肢もあったが、結局は「自分たちの希望を捻じ曲げるのは意味がない」と思い、知人を証人として二者間で私的な契約を交わすことにした。契約が法的に無効とされる可能性も高いものの、契約を交わさないよりはマシだという判断だ。
ちなみに、公証人のアドバイスでは、私的な契約をより効力のあるものにするためには
・第三者を証人とする
・契約に署名捺印する様子を録画する
といった方法があるという話だった。もし私たち夫婦のように法律や公序良俗の点で問題がある契約書を作成したいときは、ぜひ参考にしてみてほしい。
今回の婚前契約をめぐる一連の動きでわかったことは、「日本の結婚制度は夫婦のあり方をかなり制約している」ということだ。民法における法的な縛りが強力で、たとえ夫婦同士で合意が形成されても効力のある決まりにはならない。
しかし、私としては「なぜ国が夫婦のあり方にこれほど干渉してくるのか」と反発したくなる。人間にはそれぞれ固有の趣味嗜好や価値観があり、二者間の「契約」でしかない結婚生活にも多様なあり方が認められていいはずだ。別居の自由や扶養義務の撤廃はもちろんとして、夫婦別姓や同性婚などが認められない理由は「伝統」という言葉以外では説明が難しいだろう。
ちなみに、私自身としては、夫婦が合意していれば不貞行為でさえも許容されるべきだと思っている。世間では「不倫」をまるで世紀の大犯罪であるかのように糾弾する流れがあるが、不倫はあくまで夫婦間の問題だ。誰がなんと言おうと、夫婦同士で解決していればそれに他者が介入する余地はないのではないか。婚前契約書にも、もし不貞行為をする場合は、相手の同意を得るようにするという条文を盛り込んだ。
ただし、誤解のないように言っておくと、夫が稼いで妻が家庭を守り、マイホームを買って子供を産み育てるというような「伝統的な夫婦のあり方」を否定するつもりは一切ない。私が言いたいのは「夫婦のあり方を選択する自由が欲しい」ということであり、伝統的な夫婦のあり方を幸せだと感じる夫婦は望みどおりにそれを叶えてほしいと思う。
昨今の社会は、働き方をはじめとして伝統的な価値観が見直される時期に差し掛かっている。上記のような話をすると「契約を要するような結婚は真実の愛のカタチではない」「伝統的な夫婦のあり方を外れると日本の家族制度が崩壊する」という批判も寄せられるかもしれない。
しかし、現代において未婚率は年々上昇しており、その結果として少子高齢化もすさまじいスピードで進行していることはご存じの通りだ。もちろんここには日本人が裕福でなくなり、結婚や子育てをする余裕がなくなったという実態も関係しているだろう。ただ、周囲の若者たちや結婚に関する調査を踏まえてみると「結婚によって生じる面倒さ」、つまり伝統的な夫婦のあり方に対する反発も大きな理由となっているようだ。
事実、内閣府が発表している
『令和元年版 少子化社会対策白書』によると、25歳から34歳の未婚の男女に尋ねた「結婚しない理由」では、「出会いがない」という理由が男女ともにトップとなるものの、女性を中心に「自由さや気楽さを失いたくない」「必要性を感じない」という理由が上位に入ってくる。私自身も、仮に未婚のころにこのアンケートに答えていれば、「自由さや気楽さを失いたくない」「必要性を感じない」と答えていただろう。
こうした結婚へのハードルを下げていかなければ、いわゆる「伝統的な家族制度」の崩壊も近づいてくる。なぜなら、そもそも絶対的な夫婦の数が年々減っているからだ。
夫婦の多様性を認めることは、日本の社会課題を解決する大きな一手となるかもしれない。保守的な自民党政権下ではなかなか議論もはかどらないかもしれないが、「伝統を守るため」にこそ結婚制度の改革は必要だ。
<文/齊藤颯人>