性に関する”思い込み”を問い直す。『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき』常井美幸監督・小林空雅さんインタビュー<映画を通して「社会」を切り取る23>

映画作りで得たもの

――洋楽ディレクターから留学を経てエディター、TV番組のプロデューサー/ディレクターとキャリアを変えていらっしゃいますが、映像制作に辿り着いた理由についてお聞かせください。 常井:昔から音楽と映像のダイナミクスに興味がありました。私の青春時代は、MTVジャパンが全盛で、音楽は映像とセットで、そして映像は音楽と一緒だったんです。それでたまたま最初に音楽の仕事をしたんですね。  今回は、映画を作ろうとして映画を作ったわけではなく、TVドキュメンタリーの延長で製作しました。その過程では自分の無能さを突き付けられるようで辛さも感じました。締め切りもなく上司もいない中で、作品を完成させるには自分を追い込むしかないんです。  そして、自分を追い込むためもあってクラウドファンディングを始めたのですが、最初は他人に対して「お金をください」と言うことに抵抗を感じ、「本当にできるのか?」という思いがありました。ところが、お金の話はタブーではないとわかったんです。お金はそれを出してくださった方の優しさや思いやりを形にできるものだと知ったんですね。  最終的には金額をほぼ達成できて、動いていれば物事は達成できるという実感を得ました。そこからは映画作りが楽しくなって完成できました。

多様な価値観を伝えたい

――今後取り組みたい作品についてお聞かせください。 常井:いろんな価値観を持った人がいる社会の方が生きやすいと感じています。そして自分が生きやすい社会は他の人にとっても生きやすいのではないかと。それが、映像制作の原動力になっていて、このドキュメンタリーもそういう社会を作るために作りたいと思っていました。  ところが、撮影を進行するうちに、小林さんは周りを変えたいとも思っていないことに気付きました。周りを変えるのではなく自分が居心地のいい場所を探しているんですね。ドキュメンタリーは葛藤を描くものですが、小林さんは葛藤がなかった。それが私の葛藤になった時期もありました。
©2019 Miyuki Tokoi

©2019 Miyuki Tokoi

 その時に「既成概念を壊してより良い社会を作りたい」という考えすらも、もしかしたら違うんじゃないかと考えるようになったんですね。いろんな人が自分の居心地のいい場所を探し出すようになると、居心地の悪い場所には人が来なくなって結果的に居心地のいい場所が増えていくのではないか。周囲を変えよう、社会を変えようという考え方すらも今までの考え方の枠に捉われていたのではないかと。  性別が「ゼロ」に戻った小林さんが、社会の中でどのようにして生きていくのか。それが次の課題ですが、既存の社会システムの中で生きていく必要はないのかもしれません。  そして、そのことが私たちの今後を占うような気もします。小林さんの生き方は仕事も性別も恋愛も、私たちが抱いている既存概念をことごとく壊してくれる気がしていますね。  次回作も小林さんの今後の生き方を追いたいです。今後も様々な価値観、考え方の人がいて、そして自由に発言していいということを伝えたいですね。 ――この作品に込めたメッセージについてお聞かせください。 常井:この映画は性別がテーマですが、性別に関して意見の主張をしたかったわけではありません。性別に限らず、既成概念の枠を外していった時に「自分らしく、自分とどのように折り合って」社会で生きていくのかが見えて来るのではないかと感じています。そしてそれは病に倒れた今は亡き両角美由紀プロデューサーの思いでもありました。  今回の映画製作を通して、私自身も既成概念が壊されていく心地良さを感じました。空雅さんも変わりましたが、一番変わったのは私ではないかとも感じています。この作品を見て、既存の考え方の枠を外して少しでも居心地の良さを感じていただけたらと思っています。 <取材・文/熊野雅恵> <撮影/鈴木大喜>
くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。
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