女性から男性へ、そして……。『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき』主演・小林空雅さんインタビュー<映画を通して「社会」を切り取る22>

自分をスタートラインに立たせるために

――「プラスに行くにはゼロに戻らなきゃいけない」という思いで性別適合手術を受けたとのことでしたね。 小林:何も苦痛を感じない状態がゼロだとしたら、女性として扱われるか否かとは関係なく生理が来ること自体が苦痛で、マイナスの状態でした。高校生になった時は、服装も自由で名前も「空雅」と変えて男子として扱われていました。友達もできて社会的には満たされていたんです。
©2019 Miyuki Tokoi

©2019 Miyuki Tokoi

 ところが、身体は女性のままでそれに対する違和感、嫌悪感はぬぐい切れませんでした。ずっとマイナスの状態にいる感覚があったんです。声優になりたいという夢がありましたが、自分は周りの友達たちよりも後ろにいるという感覚でした。それを一度、違和感のないゼロの状態に戻し、それでやっと本来の人生を歩んでプラスに行けるのではないかと。 ――アルバイトの面接も落ち続けていたとのことでした。 小林:落ちた理由は教えてはもらえないので、性別が理由なのか否かはわからないです。ただ、性別の話になると空気が変わる瞬間は感じました。  高校時代は、ホルモン注射をする前で声も高いままでしたし、更衣室のこともあったので、面接では正直に「身体は女性ですが本質的には男性です」と明らかにしていました。  劇中にも登場しますが、自分をアルバイトとして雇用してくれた人たちは「男」でも「女」でもなく、人として扱ってくれたんですね。  高校時代は友達にも恵まれており、校内の弁論大会に出て性同一性障害について話した時には「勇気あるね」と声を掛けてくれた人もいました。 ――現在は「男性」でも「女性」でもない「Xジェンダー」とのことですが、小林さんにとっての「性別」はどのようなものなのでしょうか。 小林:性別を教えてくださいと言われると、身体の性なのか、心の性なのか、戸籍の性なのか、どれの性別を聞いているんだろうと気にはなります。戸籍は男性ですが婦人科にも行っていますので。 ――今のような心境だったら手術を受けて乳房と子宮、卵巣を取っていなかったと思いますか。 小林:やはり手術は受けていたと思います。Xジェンダーと言われている人の中でも身体に対する違和感はそれぞれ違うんです。劇中に登場するXジェンダーの中島潤さんは女性の身体について嫌悪感がなかったそうですが、私の場合は身体に対する嫌悪感がとても強かったんですね。当時は、性別は「男」か「女」しかないと思っていたので、女性の身体がこんなに嫌なんだから性別適合手術を受けようと思ったんです。  女性の身体に対して普段は嫌悪感のないXジェンダーの友達もいますが、そういう人でも生理の時だけは子宮を取り外したいと言っていました。
©2019 Miyuki Tokoi

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――生理は嫌だという女性でも、性自認が女だという認識は揺らがない女性は多くいます。生理が嫌だというだけではなく、女ではないという認識に至るのは何故なのでしょうか。 小林:女性の扱いを受けることに違和感があるんですね。例えば、シスジェンダー(生まれたときに割り当てられた性別と性自認が一致し、それに従って生きる人)の女性であれば、修学旅行に行って男子風呂に入らなくてはならないような感じだと思います。

恋愛に性別は関係ない

――現在は「男か女のどちらかでなくてはならない」ということから解放されて、「人」として生きているという感覚かと思いますが、今の小林さんにとって「恋愛」はどのようなものでしょうか。 小林:男だから好き、女だから好きということはないです。その人だから好きなんです。今まで交際してきた人たちも「性自認が何か?」と相手の性別を聞いたわけではないですし、知らないです。性別に関しては、見た感じ女の子っぽいな、と。その程度です。友情と恋愛の違いがわからないかもしれないですね。  そういうこともあって、自分は交際相手が自分以外の人と性交渉したとしても浮気だと思わないです。肉体的なよそ見は気にしないですね。

創作は自分以外の目線で

――劇中での詩が印象的でした。現在は性別関係なく活動できる声優の道を歩み始めているとのことでしたね。 小林:保育園のお遊戯会、中学の演劇部、よさこいソーラン同窓会、高校時代のイラストはもちろん、声優を目指して、声の表現の訓練をしたり、身体表現もやりました。アクセサリーも作っていますが、性同一性障害のことで悩んで、自分と向き合う時間が長かった分、他の人たちよりも引き出しは多いと思います。 ――詩集はどのような視点で書いていますか。 小林:自分の視点では書いていません。石ころ目線だったりもします。物事を俯瞰してなるべく客観的に捉えるようにはしていますね。  詩を読んで「誰にも言わなかったし言えなかったけれども、これは自分が思っていたことです」と言ってくれた人がたくさんいました。誰にも言えなかったことを代弁していると思うと嬉しいですね。 ――将来はどうしたいですか。 小林:アクセサリー作りとお芝居、声優業で生計を立てたいと思っています。自分の体よりも大きい錨を見て感動したこともあって、自分の体より大きい立体物を作ってみたいとも思っています。 ――劇中ではオンラインで台本の読み合わせをしていましたね。 小林:声優は自分にしかできない役をやってみたいです。自分は変わった声をしているので、作品の中では個性が強過ぎて浮いてしまう声かもしれませんが、それに合う役をやってみたいですね。 ※近日公開予定の後半では、常井監督に映画製作の経緯や作品に込めたメッセージなどをお伺いします。 <取材・文/熊野雅恵>
くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。
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