マックやスタバも運用開始したデジタル人民元は基軸通貨ドルを脅かすダークホースになり得るか?

農村から包囲する!? 毛沢東戦略で普及

 実用化への具体的なロードマップは公表されていないが、中国は’22年の北京冬季五輪の会場内での運用を計画中だ。一大イベントを経て、デジタル人民元はあっという間に中国全土、そして世界に広まっていくのだろうか。 「すぐには普及しないでしょう。既存の2つのスマホ決済は、単なる決済サービスではなく、公共料金の支払いから健康管理、少額融資、金融商品など幅広いサービスを扱い、さらにサードパーティを通じて豊富なサービスを利用することができます。そのエコシステムの利便性があまりに高いので、多くの中国人はデジタル人民元を使う必要性を感じない」(田中氏)  業界内では、アリペイもデジタル人民元の発行を許可されるかもしれないとの憶測があるが、それでもユーザーがわざわざデジタル人民元を使用するメリットは今のところない。それではいったい、誰がデジタル人民元を使うようになるのだろうか。 「デジタル人民元の発行は、農村部の銀行口座やスマホを持っていない層にキャッシュレスを広げる狙いもあります」(同)
デジタル人民元

中国のSNSで広まった中国農業銀行アプリのメニュー画面(左)と中国銀行のアプリの画面

 中国・デジタル貨幣研究所所長の穆長春氏の発言によれば、スマホを持ってない人は、ICカードなどを通じて利用できるようになる。かつて共産党を勝利に導いた毛沢東の「農村から都市を包囲する」戦略なのだろうか。  一方で注目したいのは、外国人の利用だ。現在、中国内に人民元の口座を持たない外国人がスマホ決済を利用するハードルはかなり高い。しかし、都市部では「現金のみで滞在するのはもはや不可能に近い」(前出の駐在員)のだ。 「デジタル人民元は、アプリ上でも金融機関でも両替が可能となるうえ、将来的にはATMを通じての利用も想定されており、外国人にとって利便性がはるかに高い。デジタル人民元の海外進出は、まず中国を訪れる旅行者や出張者の間で広まっていくかもしれません」(前出の記者)  デジタル人民元が世界で覇権を握る日は来るのだろうか。

デジタル人民元が海外で普及する理由

 デジタル人民元が世界を席巻し、日本でも“第2の通貨”として浸透するのか。経済学者の野口悠紀雄氏はこう語る。
デジタル人民元

写真/野口悠紀雄Onlineより

「日本では、5500億円が投じられたキャッシュレス還元事業が6月で終了したばかりですが、広く浸透したとは言い難い。問題は店舗側が負担する手数料の高さです。現在、クレジットカードや電子マネーの支払いの際に店舗側が負担する手数料は2~5%。利益が平均3%である日本の小売業に歓迎されるわけがない。対して、中国が国を挙げて推進するデジタル人民元の手数料はおそらく無料になると思われる。そうすれば、広く普及するだろう。中国の銀行に預金を保有していなくても利用できるようになれば、中国国外での利用も広まる。とくに海外送金には便利だろう」  さらに野口氏は中国が推進する「一帯一路」での運用も指摘。参加国(署名した国は124か国)にデジタル人民元で借款したり、取引をすれば、海外での普及も進むだろう。このように積極的に国外に進出する政策は、中国の歴代帝国が行っていなかったことで、一帯一路やデジタル人民元は、中国の長い歴史の中で異質だ。  また、コロナショックも普及のチャンスになりそうだ。 「今後、多くの後進国や新興国で、通貨の信任が揺らぐことが予想されます。これまで、ベネズエラやアフリカ諸国など自国通貨が不安定な国においては、米ドルやユーロで貯蓄する人が多かった。しかし、利便性や安全性の面で既存通貨に勝るならば、デジタル人民元が積極的に利用されるでしょう」  デジタル人民元の世界的普及は、中国側にとっても大いなる野望だ。 「デジタル人民元の利用者の行動は、管理者である中国政府がすべて把握できる。世界の人々が、どこで何を買ったか、マネーの流れがつぶさに見えるのです。また、自国民に対しては、中国が懸念している資本流出や脱税行為も監視できる。これは基軸通貨である米ドルでもできなかったことです」  デジタル人民元の世界的拡散はもはや止められないようだ。 【野口悠紀雄氏】 経済学者。大蔵省入省後、イエール大学で経済学博士号。東大教授、スタンフォード大客員教授などを経て、現在は早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問、一橋大名誉教授。サイト:野口悠紀雄Online <取材・文/大橋史彦 奥窪優木 図版/佐藤遥子>
1
2
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会