「失敗がこわくて動けない」を脱出する秘策――【仕事に効く時代小説】『蔦屋』(谷津矢車)

蔦屋

蔦屋/谷津矢車

 失敗を恐れて、身動きがとれなくなる。 “最近の若者”の特徴として語られがちだが、実際は年齢に関係なく起こりうることだろう。むしろ、年を重ねるごとに頭が固くなり、腰が重くなるリスクは増していく。さっさと動いたほうが仕事ははかどるし、トラブルの鎮火も早い。そんなことは百も承知のはずなのに、どうにも動けない。そんなとき、どうすればいいのか。    江戸時代の出版プロデューサー・蔦屋重三郎の活躍を描いた『蔦屋』(八津矢車)には、迅速に行動を起こすヒントが多数登場する。山東京伝らの黄表紙や喜多川歌麿の浮世絵などを世に送り出したことで知られる蔦屋の持論は「商売の基本は『神速を尊ぶ』です」。日本橋にあった廃業目前の本屋を買い取り、店の主人である小兵衛に手放した商売道具を取り戻し、職人を呼び戻せと命じる。  頭を下げて引き取ってもらったばかりの品物を返してくれというのはばつが悪いし、言いづらい。しかし、こんなとき、あれこれ思いを巡らせていてもかえって身動きはとれなくなる。蔦屋の提示した解決法はすこぶる明快だった。 「つべこべいわずにお願いしますね。期限をつけましょう。3日以内に、ここの道具や職人さんたちを呼び戻してください」  “やらない言い訳”“できない理由”に耳を傾けるとキリがない。くよくよと思い悩む時間ももったいないし、実行に移す前からできる・できないを決めつけるのも不毛だろう。「案ずるより生むが易し」ということわざではないが、動き出すことで突破口が見つかるということもある。  一方、外圧によってさらに行動を起こしづらくなることもある。蔦屋が直面したのは、幕府による戯作追放の流れ。「戯作から手を引いて、今まで通り狂歌本で稼いでいく風に戻せばいいじゃないか」と勧める小兵衛に、蔦屋は「あたしァ、ここで止まるわけにはいきません」と宣言。その結果、「不埒なる本を書き販売した罪」を問われ、身代の半分を没収されたときも、にこやかだったという。 「命までは取られませんでしたし、地本問屋の株も取られてません。まだ商いはできます。だったら何の問題もありゃしませんよ。……それに、京伝さんだって生きている」  誰しも、失敗して罵られれば不愉快だし、不要なリスクはとりたくない。しかし“失敗によって痛めつけられる自分”にばかり注目すると、いたずらに時間を浪費すれば、かえって深手を負いかねない。 「命まではとられない」は“漠然とした不安”から己を解き放つ、最強の呪文になりうる。 <文/島影真奈美> <プロフィール> しまかげ・まなみ/フリーのライター&編集。モテ・非モテ問題から資産運用まで幅広いジャンルを手がける。共著に『オンナの[建前⇔本音]翻訳辞典』シリーズ(扶桑社)。『定年後の暮らしとお金の基礎知識2015』(扶桑社)『レベル別冷え退治バイブル』(同)ほか、多数の書籍・ムックを手がける。12歳で司馬遼太郎の『新選組血風録』『燃えよ剣』にハマリ、全作品を読破。以来、藤沢周平に山田風太郎、岡本綺堂、隆慶一郎、浅田次郎、山本一力、宮部みゆき、朝井まかて、和田竜と新旧時代小説を読みあさる。書籍や雑誌、マンガの月間消費量は150冊以上。マンガ大賞選考委員でもある。
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