少年はなぜ殺人に手を染めたのか? 歪んだ絆で結ばれた母子を描く『MOTHER マザー』 大森立嗣監督<映画を通して「社会」を切り取る21>

根本的なところで人を知りたい

――大森監督はパンフレットで「この映画を受けとめてください」と言っていますね。 大森:最近の社会は、「生産性」や「道徳」、過剰な「コンプライアンス」に捉われて、人を見る目をどんどん狭めていっていると感じます。それでいいのかという気持ちがありますね。
ⓒ2020「MOTHER」製作委員会

ⓒ2020「MOTHER」製作委員会

 この物語の秋子は息子にたかり行為をさせて、お金を稼がせては使い込んでいます。でも、不景気が続くこの社会では、誰しも一歩間違えばそういうことをせざるを得ない状況になるかもしれません。この社会が生み出しているかもしれない秋子のような人たちを、私たちとは「関係ない」と切り捨てられるのか。  そして、そういう人たちを突き放すのではなく、なぜそのように自分は思うのだろうか、また彼女たちをそこまで追い込むものは何なのかと考えた方が面白いんです。人を肩書きや収入とは関係のない根本的なところで知りたいし、信頼したいという欲求がありますね。  一般的な女性像、母親像の外にある秋子の人間性をどのように見つめるのか。それを問われているのは僕たちなのではないでしょうか。彼女のような人を単なる「モンスター」として排除してはいけないと思いますね。 ――秋子はモンスターではないという気持ちを込めたシーンはありますか? 大森:児童相談所に保護されそうになった時に周平と秋子が寄り添うシーンや周平が殺人を犯した後、秋子と周平、妹の冬華が3人で寝ているシーンなどですね。  僕たちは彼女たちに「ホームレス母子」「たかりを息子に強いる毒母とそれに応じる息子」というイメージを抱いてしまいがちですが、そのシーンを見て、実は彼女たちの間に絆が存在すると気が付いてハッとする。そういうことをこの映画で表現したかったんですね。

社会の外にいる人へのまなざし

――秋子はなぜあのような人物になったのか。そのことを探るヒントとして、秋子と両親、妹との関係も描かれています。 大森:秋子は母親に冬華の妊娠を継げても喜んではもらえません。また、「妹ばかり可愛がって」とも言っています。彼女自身が愛されたい気持ちがあるんですね。どんなに追い詰められても、自分は絶対にお金を稼がない。男性や子どもに稼がせる、というのはそういう気持ちの裏返しとも取れます。 ――遼が周平に言った「お母さん、いい女だったよ」というセリフが印象的でした。 大森:遼の立場だったらそう思うだろうなと。社会から疎外された彼らの生活の中にもドラマがある、心の動きがあるんですね。
ⓒ2020「MOTHER」製作委員会

ⓒ2020「MOTHER」製作委員会

――人間そのものを見つめるという姿勢は、やはり人間の本質を描いた作品として名高い荒戸源次郎監督『赤目四十八瀧心中未遂』(03)で助監督として出発し、映画人としてのキャリアを積んだ経験から来ているのでしょうか。 大森:あの頃はまだ猥雑さを残す(『赤目四十八瀧心中未遂』の舞台になった)尼崎のドヤ街があって、漠然と「この世にはよくわからない、怖い場所が存在している」という感覚があったと思います。それは、今の世の中にはない、合理性のないものも許容する感覚、言い換えれば世の中に余裕のあることの表れだったと思うんですね。  ところが、インターネットが発達し情報化社会となった今の世の中では、そういう場所は見ようともしないし、消されていく傾向にあります。それ自体は悪いことではないですが、一方で、そういう場やそこに住む人たちを排除する雰囲気も感じます。そういう人たちも自分たちと変わらない人間であるという視点を持つことが大切なのではないかと。
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