自分らしく生きる女性たちにエールを送る『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』 原作にはない場面が持つ意味とは?

3:人類史上最高レベルの美術や衣装を堪能しよう

 本作のさらなる魅力は、映画としてのルックにある。画面の隅々までこだわり抜かれた美術や衣装は、どのシーンを切り取ってもため息が出るほど、まばたきがもったいないほどに美しいのである。  美術は『トゥルー・グリット』(2010)や『ヘイル、シーザー!』(2016)でアカデミー賞美術賞のノミネートの経験があるジェス・ゴンコール。特に注目して欲しいのは、4姉妹が暮らす一軒家だ。「外観は衰えていても、一歩中に入ればベルベットの宝石を開けるような感じ」を目指したという内装は、カラフルかつ暖かみがあり、「住んでみたい!」と心から思えるようになっている。この一軒家を手作りで仕上げるのにかかった期間は、12週間にも及んだのだという。 ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語 衣装は『アンナ・カレーニナ』(2012)でもアカデミー賞衣装デザイン賞を受賞したジャクリーン・デュランが担当している。4姉妹の衣装は特にこだわり抜かれたそうで、“姉妹がおさがりで節約している”という劇中の事情を反映するため、実際に同じ生地を姉妹の衣装のところどころに縫っていたのだという。ボーイッシュな次女のジョーにはコルセットの着用を避けたり、病気がちな三女のベスは子供の頃のようなドレスを着せていたりと、キャラクターを反映させた衣装作りもしたそうだ。  そして、美術や衣装が美しい以上に、“人間”そのものも美しい。何しろハリウッドが誇る人気と実力、そして美貌を誇る豪華キャストが勢ぞろいしている。シアーシャ・ローナン、エマ・ワトソン、エリザ・スカンレン、フローレンス・ピューと4姉妹それぞれを演じる女優たちが魅力的なのはもちろん、ティモシー・シャラメ演じる好青年もとっても可愛らしく、メリル・ストリープやローラ・ダーンといった大ベテランが脇を固めているのもたまらない。彼女たちが演じるキャラクターたちは姿だけでなく中身まで気高く美しく、それでいて人間的な弱みも持つ感情移入がしやすい人物ばかりだ。  また、グレタ・ガーウィグ監督は“マンブルコア”と呼ばれる、若者の日常を切り取ったリアルな会話劇を中心とした低予算映画で名を挙げた方だ。人間をよく観察し、その魅力を引き出してきた監督のキャリアもまた、本作の人物造形の豊かさに貢献したのは間違いないだろう。  今は映画館に行くこと自体を躊躇している方も多いだろうが、本作は自信を持って「映画館のスクリーンで堪能することに真の価値がある」と断言できる。現代の女性へのこのうえのないエールになっていること以上に、人類史上最高レベルと言っても決して過言ではない美しい芸術を、たっぷりと堪能できるのだから。

おまけその1:予習にオススメの「若草物語」はこれだ!

 『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』は万人にオススメできる作品だが、前述したように2つの時間軸が交互に展開するという特殊な作劇であり、原作を知らない方には少しとっつきづらいのでは?という懸念もなくはない。可能であれば、これまでの「若草物語」の作品群のいずれかに触れ、4姉妹それぞれのキャラクターに“思い入れ”ができていたほうが楽しめるだろう。  そのためにオススメしたいのは、現在はU-NEXT、FOD、バンダイチャンネル、dアニメストアなどで配信されている、『愛の若草物語』だ。1987年に放送されたこの日本のアニメシリーズは、子どもに向けて作られているということもあって、4人姉妹のそれぞれがとにかく可愛いらしく、すぐに大好きになれるのだ。南北戦争の影響と、生活を脅かされる一家の旅路も明瞭に描かれており、当時の時代背景の理解も深まるだろう。YouTubeでも第1話が無料公開されている。

おまけその2:『プリンセスと魔法のキス』との共通点も

プリンセスと魔法のキス 本作『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』で連想したのは、2009年のディズニーアニメ映画『プリンセスと魔法のキス』だった。主人公の女性が望んでいるのは「自分の店を持つ」という仕事での成功であり、今までの「白馬の王子様を待つ」プリンセス像から脱却した、まさに“自分らしく生きる”ことを描いた物語なのだから。  それでいて、『プリンセスと魔法のキス』では「王子様と結婚する」という従来のプリンセスストーリーを決して否定的には描いていない。主人公の親友はお姫様願望が強く、いつもピンクのドレスを着ていて思い込みが激しいというギャグめいたキャラクターではあるのだが、同時に友達思いで心優しい、とても愛おしい存在として描かれている。  このように、女性たちそれぞれの“自分らしく生きる”姿を鼓舞した物語が世に送り出されたということは、本当に喜ばしい。たくさんの方に楽しまれることを願っている。 <文/ヒナタカ>
雑食系映画ライター。「ねとらぼ」や「cinemas PLUS」などで執筆中。「天気の子」や「ビッグ・フィッシュ」で検索すると1ページ目に出てくる記事がおすすめ。ブログ 「カゲヒナタの映画レビューブログ」 Twitter:@HinatakaJeF
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