大河ドラマ『麒麟がくる』が、一般人にも歴史好きにも愛されるワケ

歴史の「不確定さ」を上手く料理している

 ここまでは「近年の歴史研究で分かったこと」を反映している点を評価したが、反対に「近年の歴史研究でも分からないこと」の扱い方も非常に上手い。  歴史学は、基本的にその時代を生きた人々の痕跡を収集し、整理して過去を解き明かしていく学問だ。しかし、今から500年近く昔の戦国時代に関する情報が現代に残されていない場合も多く、まだまだ解明されていない謎は少なくない。  その最たるものは明智光秀が織田信長を討った世紀のクーデター「本能寺の変」だ。この変に関して、無数の歴史学者や歴史作家が「光秀はなぜ信長を討ったのか」という動機の解明を試みてきたが、根拠となる情報の少なさから未だ真相解明には至っていない。  この件からも察しはつくかもしれないが、明智光秀という人物については分かっていないことが非常に多い。意外かもしれないが、現在ドラマで放送されている美濃・越前で活動していた時期について、その事実を裏付ける有力な史料は残されていない。彼が美濃・越前にいたことを裏付けるのは後年になって作成された史料であり、その信ぴょう性は決して高くない。  光秀の存在をハッキリと確認できるのは信長に仕える直前のことであり、そこまでの足取りは謎につつまれている。  しかし、本作はその「不確定さ」を上手に料理している。すでに判明している大きな歴史の流れに矛盾をきたさないよう気を配りつつ、光秀の足取りがたどれるようになった時期の彼と整合性がとれるような物語になっているのだ。  例を挙げると、本作では、光秀は美濃にいた頃から細川藤孝や足利義輝といった室町幕府の要人たちと出会っている。もちろん光秀がその時期に彼らと会っていたことを裏付ける証拠はないが、一方で彼が歴史の表舞台に登場する時にはすでに彼らと近しい存在であったことが判明している。つまり、「光秀が歴史に登場する前から彼らと交流がないと説明のできない事実」が多いため、彼らとの出会いがセッティングされたのだろう。  そう考えれば、一連のシーンは「歴史との整合性をとるため」に必要だったといえる。しかしながら、一般の視聴者からすれば彼らは自然な流れの中で出会っており、そういった性質のシーンだということに気づかなかったのではないだろうか。

物語が「歴史に残されている局面」に突入してどうなるか

 文章の書きぶりからも伝わっていると思うが、筆者はこのドラマを一人のドラマ好きとしても、歴史好きとしても気に入っている。だからこそ、やはり放送再開後の展開も気になってくるものだ。  筆者が注目しているのは、恐らく放送再開後すぐに光秀が信長仕えはじめ、歴史の表舞台に登場する局面に突入すること。これまでは良くも悪くも「確固たる史実」というものが存在せず、ある程度キャラクターを自由に動かすことができた。しかしながら、このドラマの性質を考えれば史実をないがしろにしないと思われる以上、今後はそこに縛られてしまう可能性も否定できない。  ただ、これまでの優れた内容を踏まえれば、この心配は杞憂に終わる可能性のほうが高いだろう。事実、筆者を含め多くのファンが、強烈な印象を残す斎藤道三の死後「道三ロス」になってしまい、本作の面白さが下り坂に差し掛かってしまうのではないかと懸念していた。  しかし、フタを開けてみれば染谷将太さん演じる、道三に勝るとも劣らない狂気をはらんだ織田信長の姿があり、その魅力に「道三ロス」の心配は吹き飛んだ。  加えて、休止前の放送を見る限り静岡大学の小和田哲男名誉教授をはじめとする考証陣と池端俊策さんをはじめとする制作陣の風通しも良好に感じられるので、これまで通り「ドラマとしての面白さ」と「歴史好きをうならせる研究の反映」が両立された物語を期待せずにはいられない。 <文/齊藤颯人>
上智大学出身の新卒フリーライター・サイト運営者。専攻の歴史系記事を中心に、スポーツ・旅・若手フリーランス論などの分野で執筆中。Twitter:@tojin_0115
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