産業構造の変化で大人になれない「キモい」男たちが生まれた<史的ルッキズム研究3>

90年代に進んだ「学校化」 終わらない学び直し

 90年代、就職氷河期と同時に進行したのは、社会全体が学校化するという事態でした。「労働者」は「ビジネスパーソン」と名を変え、企業がもとめる学習と研修に追われるようになりました。大人たちがつねに学習し、スキルアップに励む時代です。身に付けた知識や技術は数年で古びたものになってしまい、また新たに学びなおさなければならない。彼らはつねに学習に追われ、書店はビジネスパーソン向けの学習書で埋め尽くされるようになりました。その知識が数年後には陳腐化し役に立たなくなることを予感しながら、彼らは学び続けたのです。  昔の職人は10年も働けば一人前になることができましたが、現代のビジネスパーソンは何歳になっても勉強中の小僧です。勉強をやり終えて一人前になるということができない。どれだけ知識や経験を持っていても、その地位は不安定な小僧のままなのです。

産業構造の変化で大人になれなくなった

 こうした状況は、70年代の産業構造の転換から始まります。日本の企業は“生産性向上”のために、人員削減と社員研修を強力に推進していきます。産業は、労働集約型から技術集約型へと、スリム化していきました。この大きな政策転換を、当時は“技術立国”と呼びました。これは日本が経済大国へといたる成功の物語です。  しかしこの成功物語には、副作用もあったのです。この転換は、大人が大人になることを困難にしてしまいました。私たちは何歳になっても若々しく振舞えるようになりました。それは好ましいことだと思います。しかしそれは裏を返せば、人間がいつまでも成熟しない、なにかをやり終えることが困難になった時代だということです。何歳になっても勉強が終わらない。まるで踊り場のない階段をのぼり続けるように、成熟の節目をもたないで、私たちは老いていく。だから私たちは、“大人なのに幼くてキモい”のです。  キモいという表現は、70年代以降の産業と労働の構造的な変化をよく捉えていると思います。 ※近日公開予定の<史的ルッキズム研究3>に続きます。 <文/矢部史郎>
愛知県春日井市在住。その思考は、フェリックス・ガタリ、ジル・ドゥルーズ、アントニオ・ネグリ、パオロ・ヴィルノなど、フランス・イタリアの現代思想を基礎にしている。1990年代よりネオリベラリズム批判、管理社会批判を山の手緑らと行っている。ナショナリズムや男性中心主義への批判、大学問題なども論じている。ミニコミの編集・執筆などを経て,1990年代後半より、「現代思想」(青土社)、「文藝」(河出書房新社)などの思想誌・文芸誌などで執筆活動を行う。2006年には思想誌「VOL」(以文社)編集委員として同誌を立ち上げた。著書は無産大衆神髄(山の手緑との共著 河出書房新社、2001年)、愛と暴力の現代思想(山の手緑との共著 青土社、2006年)、原子力都市(以文社、2010年)、3・12の思想(以文社、2012年3月)など。
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