「予備費10兆円も三権分立を壊す」のは何故なのか? 卑劣な政略で破壊される民主主義を止めるために

安倍総理

「民主主義」と「生活保障」の2択を国民に迫るような卑劣な政略に屈してはいけない
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二次補正32兆円の予備費10兆円

 安倍晋三内閣は5月27日、約32兆円の第二次補正予算案を閣議決定しました。そのうち、最大の支出が企業の資金繰り対策の11.6兆円。次が予備費10兆円となっています。三番目の支出規模は医療体制の強化で3兆円、四番目は持続化給付金2兆円と続きます。  目を引くのは、総額の3分の1を占める予備費10兆円です。予備費とは、不測かつ緊急の事態に備え、使い道を予め決めずにおく枠のことです。ただ、自然災害については、予備費と別に災害復旧等事業費が用意されています。たいていの場合、大きな災害に見舞われて、災害復旧等事業費だけでは足りない場合、予備費が使われます。  予備費の問題点は、使い道を内閣に白紙委任することにあります。内閣の考え方や優先度によって、自由に使えるおカネということです。  ある程度やむを得ない支出枠とはいえ、予備費は財政民主主義に反する性格を有するため、内閣の意思で額を増減させることはありませんでした。日本国憲法の第7章「財政」は財政民主主義を規定し、予備費について第87条で「予見し難い予算の不足に充てるため、国会の議決に基いて予備費を設け、内閣の責任でこれを支出することができる」と、財政民主主義原則の例外として規定しています。また同条第2項で「すべて予備費の支出については、内閣は、事後に国会の承諾を得なければならない」と規定しています。ただ、国会の事後承諾が得られなかった場合、どうするのかということについては、憲法は何も規定していません。  そうした性格の予備費について、安倍内閣は昨年度から大幅に増額しました。30年前の1990年度(自民党の海部内閣)の予備費は3500億円で、その後もずっと3500億円と機械的に計上されてきました。東日本大震災の翌2012年度も3500億円でした。それが、2019年度と今年度は5000億円に増額されているのです。詳しくは財務省統計をご覧ください。このように、3500億円と機械的に予算計上してきた背景には、そこに内閣の意思を反映させないという、財政民主主義に基づく慣習があったのです。本来は、安倍内閣によるこうした予備費増額についても徹底的に議論されるべきです。  予備費の財政民主主義に反する性格や従来の運営からして、この補正の予備費10兆円は財政民主主義に真っ向から反し、憲法を骨抜きにするものです。なぜならば、憲法体系は慣習に依存する部分を含み、とりわけ国会や内閣の運営においてはその面が一定あるからです(代表的なものに議院自律権があります)。

アメリカ独立もフランス革命も財政民主主義を求めた

 日本を含む世界の歴史において、財政民主主義の確立は重要な争点になってきました。そのため、日本では誰もが中学校の公民において、財政民主主義の確立の経緯について学びます。「代表なくして課税なし」という言葉は、多くの人が知っているでしょう。  最初に学ぶのはイギリス名誉革命です。専制政治で重税を課す王に対し、議会が「権利請願」として、税を課す際に議会の同意を求めたのが1628年です。その後も王の専制が繰り返されたため、議会は1688年に王を追放して、新たな王を招き、イギリス憲法の基本となる「権利章典」を翌年に制定しました。これにより、税の徴収に議会の同意が必要となりました。  次に学ぶのはアメリカ独立革命です。重税を課す本国イギリスに対し、植民地アメリカの人々が立ち上がり、1776年に独立を宣言しました。「アメリカ独立宣言」には、人々の人権を保障することが政府の役割とうたわれました。また、1787年に制定されたアメリカ合衆国憲法では、人々の同意なく課税したりせず、政府が人権を保障する役割を担うため、三権分立の原則が定められました。  そして前の二つを忘れていても、多くの人々の記憶に残るのがフランス革命です。これも、王の専制政治による重税に怒った人々が、起こした革命です。1789年に議会で採択された「フランス人権宣言」には、圧政に抵抗することは人々の権利と記されました。フランス革命はその後、二転三転しますが、人権宣言は日本を含む現代の民主主義国家の基本原則となっています。  このように、多くの人々が血を流して獲得したのが財政民主主義なのです。この財政民主主義を含む概念が、議会制民主主義であり、民主主義です。同様にして、立憲主義(人々が権力を憲法によって縛るという考え方)と三権分立(立法・行政・司法の三権を集中させないという考え方)も確立しました。  そして、日本国憲法の財政民主主義も、アジア太平洋戦争の反省を踏まえて確立された原則です。日本を含む多くの人々の命や人生を犠牲にして、やっとのことで確立できたのです。
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「民主主義」と「生活保障」の二者択一を国民に迫る卑劣な政略
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