日本のお笑い界はなぜジェンダー観をアップデートできないのか

風俗発言の「炎上」

ラジオブース 新型コロナウイルスの感染拡大防止のためのStay home運動が続けられる中、あるお笑い芸人の発言が物議を呼んだ。彼は深夜のラジオでリスナーに対して、風俗に行くことを自粛するように呼びかけた。そして、コロナ後は金銭的に困窮した若くて綺麗な女性が一時的に参入するとして、そのときのためにお金を貯めておくことをアドバイスした。  この発言の趣旨は、確かにリスナーに対して自粛を促すためのものなのだが、そこで生活に困った女性が身体を売ることを期待する内容となっており、それが記事化されるとすぐに、SNSなどで大きな反発を受けた。NHKの番組降板を求める署名活動にまで発展するほどであった。  この件については、本人が謝罪し、自身の性格に根本的な欠陥があったとして、今後変わっていくことを宣言しているが、これは本人の責任にとどまらない構造的な問題でもある。筆者にとって当該ラジオは最近でこそ疎遠になりつつあったが、かつては毎週のように聞いていた番組であり、お笑い文化と深夜ラジオという観点から、若干の考察を試みたみたい。

アップデートできないお笑い界

 日本のお笑い芸人の文化は、本質的に家父長制から脱皮できていない。能や歌舞伎、あるいは落語といったいわゆる日本の伝統芸能と呼ばれるものは家父長制的な徒弟制度を前提としている。日本のお笑い文化もこの芸能文化の延長線上に成立したものだ。もちろんお笑い芸人の文化では、今や師匠と弟子の関係こそほとんど消失しつつあるのだが、やはり上下の間柄を基礎とする人間関係が色濃く残る業界だといわれている。その中で、東と西でやや気風は異なるものの、全体としてはいずれにせよホモソーシャルでマッチョな文化がつくりあげられてきた。  2018年のM-1チャンピオン「霜降り明星」せいやの提言以降、現在、若手芸人として活躍している芸人は「お笑い第7世代」と呼ばれている。第7世代の芸人ともなると、先輩芸人と比べてマチズモ的なものは薄れている。「かが屋」のように、「草食系」な見た目でネタ制作にストイックな芸人も増えている。2019年M-1決勝の結果から、「優しい笑い」がトレンドになっているともいわれている。  しかし、芸人の世界は「上が詰まっている」ともいわれる。現在、テレビで活躍する芸人のほとんどは、2000年代にM-1や『レッドカーペット』等で活躍した第5世代や第6世代。司会者クラスでは「ダウンタウン」、「ウッチャンナンチャン」、「とんねるず」などの第3世代や、ボキャブラ芸人を中心とする第4世代といったところだろうか。また、ビートたけしや明石家さんまといった第2世代もまだまだ現役であり、50年以上前の演芸ブームに端を発する第1世代でさえ、いまだテレビに出ないわけではないのだ。  『オンエアバトル』『エンタの神様』『レッドカーペット』など、2000年代に増加したネタ番組は、ここ10年で一気に減少している。コンテスト番組で決勝まで進出したとしても、売れるわけではない。自らもお笑い界を代表するコント芸人である「バナナマン」の設楽統もよく述べているように、「コント芸人は二度売れる必要がある」といわれる。いくら面白いコントを演じることができたとしても、バラエティ番組で「ひな壇芸人」として気の利いたコメントを言うことができなければテレビでは使われない。ネタを熱心に頑張ることが必ずしもテレビへの近道ではなくなっているのだ。  そうなると、従来の家父長制的コミュニティから逸脱するようなジェンダー観のアップデートを芸人の世界において内発的に求めることは難しくなってしまう。芸人は「変わっている」ので一般人のような社交性がないイメージがあるが、その逆で、今や社交が大事なのだ。数少ない売れるチャンス、露出のチャンスを得るために、先輩や業界人に認知されなければならない。つまり人間関係に依存しなければならない。必然的にホモソーシャルの中でのコミュニケーション力が求められることになる。  従来のコミュニケーションから外れた芸人は、「尖っている」といわれる。もちろん過度の全能感からくる自らの過大評価は問題かもしれないが、若手芸人が社会問題に対して意識を高く持つことさえ、「尖っている」という扱いになってしまう。こうして、お笑い界のジェンダー規範から逸脱するような芸人は、頭角を現しにくくなる。
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深夜ラジオ的コミュニケーション
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