―― この問題に関する安倍政権のやり方や説明は滅茶苦茶です。順を追って教えていただけますか。
山尾:1月31日、安倍政権は突如として黒川氏の定年延長を認める閣議決定を行いました。これにより、2月7日に63歳の誕生日を迎えて定年退職する予定だった黒川氏は勤務を継続することとなりました。
ここから、なぜ黒川氏の定年を延長する必要があったのか、そして、特定の検察官の定年延長を認める法的根拠はあったのかという二つの問題が出てきます。しかし安倍政権の説明は支離滅裂です。
まず黒川氏の定年を延長した理由については、
野党が何度尋ねても、森雅子法務大臣は「重大かつ複雑、困難な事件の捜査・公判に対応するため」としか言いません。
「それはどういう事件なのか」と尋ねても何も言わない。言える理由がない以上、言えない理由があるとしか思えません。
次に検察官の定年を延長した根拠についてですが、
法務省は当初「国家公務員法(国公法)の規定を検察官に適用した」と説明していました。国公法は公務員の定年延長を認めているので、それを拡大解釈して検察官に適用したということです。しかし、
1981年の政府答弁では「国公法の規定は検察官には適用されない」と明言されていたのです。
私は2月10日、森大臣にこの矛盾について質問しました。私は合計6回「
81年の政府答弁の存在を知っているか」と尋ねましたが、森大臣は一度も「知っている」とは答えませんでした。森大臣の無知は明らかですが、それ以上に不可解なのは、後ろに控えている法務官僚が一度もペーパーを差し入れなかったことです。法務省は81年の政府答弁を知っているけど法務大臣に教えなかったのか、そもそも法務省自身も知らなかったのか。いずれにせよ、
法務省が現在の政府解釈と81年の政府解釈との矛盾をどう解消するかという問題を検討していなかったことは間違いありません。
2月12日には
後藤祐一議員(国民民主党)が「81年の政府答弁のとおり、国公法の規定は検察官に適用されないという解釈でいいのか」と確認したところ、
内閣人事院の松尾恵美子・給与局長は「現在まで同じ解釈を続けている」と答弁しました。この時点で
法務省と人事院の見解は食い違っています。
翌2月13日には、
安倍総理が衆院本会議でいきなり「定年延長は法解釈を変更した結果だ」などと言い出しました。
閣議決定後に発覚した81年の政府答弁との矛盾を解消するために、日付を遡って閣議決定前の1月下旬に法解釈を変更したと嘘をついたことは明らかです。今さら誰が見ても後付けの説明を、しかも総理自身が本会議でするとはお粗末にも程があります。
政府が解釈を変更したならば、人事院の答弁は間違っていたことになります。そこで私は2月19日、人事院の松尾局長に「なぜ2月12日に『現在も同じ解釈を続けている』と答弁したのか」と質問しましたが、松尾局長は「
『現在』という言葉の使い方が不正確だった。撤回させていただく」「
(『現在』とは答弁した2月12日ではなく)法務省から相談をうけた1月22日までということだ」「
つい言い間違えた」などと答弁しました。1週間前まで国民に対して事実を述べていたであろう誠実な官僚が、
総理の都合に合わせて虚偽答弁を強いられたということです。
―― この混乱に森大臣がさらなる拍車をかけます。
山尾:2月20日、森大臣は法解釈を変更した時期は「1月22日だ」と答弁しました。しかし法解釈の変更を認めたとされる人事院の決裁文書には日付が入っていなかった。安倍政権が日付を遡って事実を誤魔化したとみるべきでしょう。
3月9日には
小西洋之議員(無所属)が参院予算委員会で法解釈を変更した理由を尋ねたところ、
森大臣は「社会情勢の変化等を検討した結果だ」と答えました。「どのような社会情勢の変化があったのか」とさらに尋ねると、森大臣は「
東日本大震災の時、検察官は福島県いわき市から国民、市民が避難していない中で最初に逃げた」「
身柄を拘束している十数人を理由なく釈放して逃げた」などと答えました。しかし、これは事実に反する*発言です。
〈*
”森まさこ法相の 「いわきの検事が逃げた」答弁は本当か? 公文書が語る真実”|HBOL〉
そこで私は3月11日の法務委員会で「
発言内容は事実か」と確認しましたが、森大臣は「事実だ」と断言しました。「それは政府の統一見解か」と念を押すと、「
個人の見解だ」という答弁でした。
国会で大臣が事実と異なる個人の見解を述べるなど、およそ考えられないことです。そのため法務委員会の審議はその場でストップして、そのまま散会してしまいました。翌12日、
森大臣は「事実と異なる発言をした」と謝罪しましたが、
法務大臣が虚偽答弁で検察官の名誉を傷つけるなど、ありえないことです。
安倍政権は公然と虚偽答弁や答弁変更を繰り返すため、あっけにとられて本質を見失いがちなのですが、それでもなお
「なぜ法解釈を変えたのか」「その解釈変更は許されるのか」ということをしっかり追及する必要があります。
結局、現在の説明はこうです。法務省は昨年10月に検察官の定年延長を検討したところ、必要ないという結論に至ったが、昨年12月に再検討したら、やっぱり必要だという結論に変わったと。それでは、どういう経緯で結論が変わったのか。野党がいくら質問しても、
森大臣は「考え直す時間があったからです」としか言わない。何の答えにもなっていませんが、それ以上は何も答えないのが実情です。
すでに黒川氏は定年を延長して勤務を継続していますが、そこに明確な法的根拠はない。政府の違法行為により、違法状態が続いていると言わざるをえません。
―― 安倍政権は「法解釈の変更」に行き詰まって「法改正」に舵を切り、国家公務員法改正案と束ねて検察庁改正法案を提出しました。
山尾:これは
政府の違法行為を後から合法化するもので、容認できません。議論の手法もよくありませんね。安倍政権は検察庁法改正案を「
束ね法案」で、しかも
新型コロナウイルスの危機の真っ最中に提出しましたが、このまま審議時間を短くして強行採決に持ち込むつもりでしょう。
これほど重大な法案を危機的な状況の裏で、他の法案に紛れ込ませて数の力で押し通すなど、民主主義に悖るものです。
―― 検察庁法改正案は5月8日に衆院内閣委員会で審議入りしましたが、野党が要求していた森大臣の出席は実現しませんでした。
山尾:森大臣の代わりに答弁に立つことになった
武田良太国家公務員制度担当大臣が、「本来、法務省からお答えすべきだと思う」と白状してしまいました。国家公務員法と検察庁法を切り離して、前者は成立させ、後者はコロナの収束をみながらきちんと本質的な議論をすればよいのです。
―― これほど重大な法案が、これほどデタラメなやり方で提出されても、最後は強行採決で押し通される。その結果、政府の違法行為が後から合法化される。こんなことがまかり通るならば、法治主義や民主主義は死んだも同然です。
山尾:今回、野党側から、検察庁法改正部分を削除した上で検察官の定年延長を認めないとする修正案を提案しています。数の力で負けていても、あきらめずに議論の力を信じることです。国会の内側外側で、建設的な議論を前向きに続けることです。
実際、SNS上では「検察庁法改正案に抗議します」というツイートが500万回以上も投稿されました。議論の力で社会は動く。そのことを信じて、前向きで本質的な発信をしていきたいと思います。
(聞き手・構成 杉原悠人)
(
HBOL編集部注:本稿執筆後の5月21日、「週刊文春」が報じた「黒川弘務東京高検検事長 ステイホーム週間中に記者宅で“3密”『接待賭けマージャン』」という記事を受けて、黒川検事長は辞任を表明。しかし、この辞任で幕引きをしてはいけない。なにしろ、山尾議員が語った本質的な問題は何一つ解決しておらず、法解釈に基づき、さらに過去の政府見解すらも口頭決裁で180度覆すという無茶苦茶なことをしたことは揺るがない事実だからだ。こうした無茶苦茶を許さないためには、国民が厳しく「1月の閣議決定撤回」に至るまで声を上げていく必要がある)