政府の素早い初動を可能にした、国の制度と行政府トップの「事前準備」
記者会見を行うダニエル・サラス保健相。毎日、状況の報告と今後の方針について、みずからの言葉で市民に語りかけている(Teletica.comより)
コスタリカ政府の動きは比較的早かった。国内で初めて感染者が確認される2か月前から、政府は緊急対策の会合をスタートさせた。そのため、
感染者の初確認からわずか10日後の3月16日、大統領は「非常事態宣言」を発令するというスムーズな流れを作れたのだ。
政府の感染症対策において先頭に立つのは、感染者を捕捉し、また感染が広がらないように指示を出す保健省である。ダニエル・サラス保健大臣は、毎日のように会見を開き、前日までの状況を、詳しい数字を交えて市民に発信している。
キリッとした表情を保ちつつ、淡々と、しかし力強く、市民がとるべき行動を訴えるサラス大臣の姿は、市民にも好意的に受け止められるようになった。
COVID-19対策において、専門が近いドクターが行政官のトップもしくはそれに近いポジションにいる国は多い。コスタリカもその例に漏れず、サラス大臣は伝染病が専門のドクターだ。
サラス大臣は、前任者が1年半前に健康上の理由で辞任した跡を継いで就任した。偶然にも
パンデミックが専門の大臣を擁していたことは、コスタリカ政府のCOVID-19対策にとって僥倖だったといえよう。加えてそれは、大臣が毎日会見で語る言葉を市民が尊重する、重要なファクターともなる。
政府全体として対策を取り仕切るのは、国家緊急事態委員会である。
「国家の緊急事態」というと、軍事的有事ばかりに注目が集まるが、必ずしもそうではないことは、今回の件で世界中の人が痛感したことだろう。
国家緊急事態委員会は、憲法で定められた機関である。コスタリカは以前から、自然災害等において国家緊急事態委員会がその対応を取り仕切ってきた。その意味では、
①緊急事態に対応するための、活用できる制度が整備されていて、②かつそれを使った十分な経験があったということだ。
スピードを要する緊急事態において、これらは重要なファクターだといえる。つまり、コスタリカ政府はCOVID-19の襲来に対して、大枠の制度としても役職的にも事前準備が整っていたということだ。
日常的な医療への「アクセシビリティ」の高さが功を奏した
さらに医療に関する制度面を見ていきたい。
実際に検査を行い、患者のケアをする担当は、コスタリカが誇る皆保険制度の総本山である
コスタリカ社会保障金庫(CCSS)である。
日本と同様、労使折半の保険料と国税で運営されるこの組織は、国立の総合病院や地域コミュニティのクリニックなどを統括する。
最大の特徴は、
窓口負担が無料だということだ。これにより、米国などと違って、まずお金の心配をすることなく、気軽に病院に行くことができる「アクセシビリティ」(アクセスのしやすさ)が確保されている。
もちろん、日本と同様に「無保険者」はいる。
保険料を払えない失業者や低賃金労働者は、1割ほどいると考えられている。しかし、彼らが治療を拒否されたり、治療費を請求されたりすることはない(明らかにお金を持っている場合は別だが)。
アクセシビリティにおいてもうひとつの重要な要素は、患者から病院までの物理的距離だ。コスタリカの公的医療システムには、
エバイス(EBAIS)と呼ばれるコミュニティ単位のクリニックがある。つまり、どんな田舎にもかかりつけの医者がいるのだ。
そのかわり、エバイスでは簡易な診断と治療しかできない。そこでは手に負えないと判断された場合、順次地域の総合病院に移され、非常に高度な医療技術等を要する、もしくは重篤かつ緊急を要すると判断される場合などに、首都圏の大規模総合病院に移されるという仕組みだ。
この「アクセシビリティ」が普段から確保され、普段からあらゆる人に使われており、かつ高度医療にも対応できていることが、コロナ禍に対応する強固な土台となったのだ。