そもそも
人間は危機的な状況に追い込まれると強いリーダーシップを備えた人物を求めたがる。これは古今東西の普遍的な原理で、歴史をながめても国家や都市が危機に陥ったときには、しばしば「英雄」が登場する。大災害や遭難をテーマにしたパニック映画ではリーダーとなる主人公がさっそうと現われ、様々な難問や奇問、ハードルを乗り越えるストーリーが昔からパターン化されている。
だが、「英雄だ、リーダーだ」と国民総出で持ち上げて国・大都市の政治や自治を任せた人物が、いつの日か独断専行の暴君に豹変しないという保証はない。確か作家で精神科医のなだいなだ氏も指摘していたことだか、
預言者でもない限り、本当に英雄として終わるのか、それとも気がつけば独裁者だったかは長い年月が経過しないとわからない。フランス革命で指導的立場にいたマクシミリアン・ロベスピエールも最後は恐怖政治を敷いた。アドルフ・ヒトラーだって最初から独裁者だったわけではないだろう。
このような歴史の教訓から私たちが学ぶべきことは、
どれほど頼もしく見える政治リーダーであっても、あまり期待して肩入れしすぎるのは禁物だということではないか。だとしたら、コロナ対策にしても「感染防止などできて当たり前」くらいに冷めた目でいたほうが無難かもしれない。あとで「あんな政治家だったのか」「裏切られた」と後悔するだけならマシである。最悪、この国が地獄へ突き落とされてはたまらない。
その視点に立って言えば、私の吉村知事への支持と批判は五分五分、いや、四分六くらいか。少し批判が上回っている。コロナ対策では評価できる点がある一方、その対策でも、例えばパチンコ屋の店名公表などは不十分、不用意だったと批判的に見ている。
この問題について橋下徹さんは4月23日、ニッポン放送「辛坊治郎 ズーム そこまで言うか!~激論Rock&Go!」に生出演し、次のように語っている。
「営業の自由を強制的に奪ったら、憲法29条3項の損失補償を必ずやらなければいけません。営業権の自由、こんなもの、人権の最たるものですよ。これを損失補償したくないものだから『お願い』という形で官僚の悪知恵で法律をつくったのですが、見てくださいよ。あんなもの『お願い』でもなんでもないではないですか。パチンコ店に電話して『閉めなかったら公表する』と。それはそれで吉村さんの判断は支持しますが、そこまでやるのだったら補償をしっかりとすべきです」(ニッポン放送NEWS ONLINEより)。
橋下さんの言動には賛成できない点や眉をひそめるものが多々あるが、こと、この主張に限っては、ほぼ同意見だ。パチンコ店に限らず国や自治体から自粛を余儀なくされた事業者への金銭的補償はあって然るべきだろう。何らかのインセンティブがあれば、どのような人だって進んで自粛にも応じるものだ。
政治は結果責任である。
店名を公表したことで客がいつもより集まりすぎた店も実際にあったわけで、この衝撃の結果については知事も原因分析と反省が必要だと考える。私たちも店やパチンコ依存の人を罵倒したところで何も解決しない。ラサール石井さんにツイッターで批判されたからといって、知事も「お気楽な立場だよ」とスネている場合ではないだろう。
感染拡大リスクを無視して開催するつもりだった都構想説明会
また、大阪市を廃止して代わりに特別区を設置する、いわゆる大阪都構想(都構想)に関する現状での対応も評価しない。
コロナの感染拡大防止に励むその裏で都構想にも執着する。あたかも二兎を追うような姿勢にはひとつ文句を言いたい。
政府が緊急事態宣言を出した翌日の4月7日、大阪府議会と大阪市会の代表で構成される委員会(代表者会議)で、
大阪維新の会と公明党の各委員は都構想の住民投票を視野においた住民説明会(出前協議会)を5月10日と12日に大阪市内の会場で開くことを決めた。一方、
自民党と共産党は、コロナで手一杯なのに住民説明会をやっている場合かと、至極まっとうな理由で反対した。これには維新と公明党は聞く耳を持たなかったという。
この住民説明会は約1000人が入れる会場に参加者の定員を75人と制限し、感染防止にも努めるとしている。だが、仮にスタートから1ヶ月後に緊急事態宣言が解除されたとしても、わずか数日後に説明会を開くというのはまともな感覚とは思えない。たとえ開催の時点で感染が終息傾向に向かっていると仮定しても、人が集まることで感染が再拡大する可能性だって大いにある。
人の命と健康を絶対に守るという視点がすっぽり抜け落ちている。
8月開催の「青森ねぶた祭り」と大阪の夏の風物詩である7月の「天神祭」は早々に中止が決まった。他にも延期か中止したイベントは山ほどある。このように歴史と伝統のある国民的行事でさえ続々と中止されるのに、
維新の政治的野望である都構想の住民説明会は5月半ばに開くことを緊急事態宣言とほぼ同時に決めた。大阪府や維新が府民や事業者に対して外出と営業の自粛を訴えながら、かたや人が集まる都構想説明会を開くというのは大いなる矛盾だろう。
吉村知事は維新の代表代行でもある。都構想に前向きなことは十分わかる。だが、
知事として府民全体の利益に立つならば住民説明会には率先して反対すべきだったのではなかったのか。
なお、
この住民説明会は、ここに来てようやく中止が決まったようである。吉村知事は27日の記者会見で「いまは新型コロナ対策に全力を注ぐ」とコメントしたそうだが、そもそも開催の決定が大きなミスである。コロナ対策は迅速なわりに、こちらはグズグズしていたのはどうしたわけか。
また都構想にしても、その設計図は再構築が必要だろう。多くの専門家やシンクタンクが警告するように、”コロナ後”の世界経済はリーマンショック以上の大打撃を受けることが予想され、日銀の黒田東彦総裁でさえ日本経済の行く末には悲観的なのだ。
当然、
大阪府と大阪市の今後の財政収支予測にしても大幅な下方修正が余儀なくされる。だとしたら、大阪市を廃止した後にできる4つの特別区は財政上の不安を抱えないか、また大阪市と同様の住民サービスを維持できるかを再検討しなければいけない。
吉村知事も都構想実現のスケジュールだけを優先するのではなく、その実現が先に伸びたとしても今は立ち止まって冷静に再検討する勇気と決断力を持ってもらいたい。