ペニャさんが描いたデニズさんの首つり写真
茨城県にある東日本入国管理センター(牛久入管)の収容施設から、支援者にある封書が届いた。中には、首つりをしている男性の衝撃的な絵が入っていた。
絵の中の男性は、トルコ国籍クルド人のデニズさんの姿だった。デニズさんは2007年に来日。反政府活動をしていたため、身に危険を感じ日本に来たが、難民として認められていない。また2011年に日本人の女性と結婚しているが、それでもいまだに在留資格を得ることができない。
2016年から収容され3年2か月が過ぎた。仮放免されてもわずか2週間でまた収容の繰り返しで、いつまでも自由の身になれない。気丈な性格のデニズさんは、職員と口論をしては集団で暴行を振るわれ罵倒されることがあった。生きることに絶望し、自殺未遂をしては保護室と称した24時間監視付きの懲罰房に連れて行かれることを繰り返していた。
だんだん自殺する頻度は増えていく。とうとう幻聴や幻視などの症状に苦しめられ、誰もいない部屋なのに、「死ね、死ね、ここはいい所、早くおいで」という声が聞こえてきては、デニズさんもそれに従って自殺を図ってしまう。ビニールを飲み込んだり、缶をねじ切り、手首や首を傷つけたり、時には便器に自ら首を突っ込み、溺死しようとした。この首つりの絵もそのひとつだ。収容施設の壮絶さを物語る。
最初は意識して自殺していたが、だんだんと無意識になり自分でもわからないうちに自殺を図っているのだと言う。時には目の前に色とりどりの花が目の前に現れ、それはそれは美しい光景だったと語る。病院では「不眠、幻聴、幻視」と診断が出たが、薬をもらうだけで服用してもまったく効かないらしい。
時には職員たちに暴行を受けたとき、親指でデニズさんの首を執拗に突いてきた職員の声が(人間のクズ、死ね!)と明確に聞こえてきたが、はっと見渡しても部屋の中には誰もいなかった。それも幻聴だったのだ。症状はどこまでも悪化する一方だった。
この絵を描いたのはデニズさんと同じく牛久入管に収容されているチリ国籍のペニャ・クラウディオさんだった。
ペニャさんは、収容仲間の間では非常に親切な有名人だった。ボランティアに対しては面会のお礼だと言っては綺麗な絵をかいて送るほど律儀な人柄を見せた。
「面会をしてくれるお礼に私の絵をあげるので、売って自分たちの活動の資金にしてください」と、支援者に手作りカレンダーを送ってくることもあった。支援者はカレンダーをカラーコピーして売り、売り上げ全てをペニャさんに差し入れた、しかし結局、同室にいる自主出国する人に餞別としてお金を全部上げてしまうほどのお人よしだった。