新型コロナウイルスの感染拡大に対して、強大な権力を持つ筈の安倍政権がこれほどまでに無能である理由

決断力なき「君主」

 戦間期ドイツの思想家ヴァルター・ベンヤミンは、バロック悲劇について論じた『ドイツ悲劇の根源』において、17世紀ドイツにおけるバロック悲劇の形式を君主劇と定義した。ベンヤミンは、カール・シュミットの「例外状態」理論前掲記事参照)の影響を受けており、バロックの王侯がもつ強い君主権は、例外事態を排除し安定をもたらすために措定されたものだと理解する。  ところが、実際に君主に与えられた権能の大きさに比べて、一人の人間としての君主の能力は小さい。バロック劇において、君主は歴史的な運命の波に毅然として立ち向かうのではなく、運命に操られ、殉教者のごとく破滅する。ベンヤミンはシュミットを参照しつつ、シュミットに対して大きな提起を投げかけている。つまり、例外状態において決断する権限を一手に握っている主権者(君主)は、実は決断する能力をもたない、ということである。 「支配者に認められた権力と支配の座についた者の支配能力との相反的関係は、バロック悲劇にひとつの、一見日常風俗的ではあるものの、しかしその実固有の特徴を与えることになったのだが、この特徴は(中略)専制君主の決断力のなさ、ということである。」「彼らの内部で突き上げてきているのは(中略)君主権[の絶対性]ではなく、むしろ、いつ豹変するやもしれぬ激情の嵐の予期しえぬ恣意なのである。」(※)  ベンヤミンはここで、ある特定の時代の演劇形式について述べているだけではなく、主権概念についての普遍的な理念を述べているといえよう。それはシュミットの決断主義モデルに対するアンチテーゼとなる。「主権者とは例外状態において決断を下す者のことである」とシュミットは言った。しかし、主権者は「例外状態」について決断する権能を持っていたとしても、「例外状態」において決断することは、彼の人間的弱さ、優柔不断さがゆえにできない。したがって、決断による原状復帰は行われず、ただただ破滅を待つのみなのだ。  安倍政権が緊急事態宣言を出せない事実を、安倍政権が独裁政権ではない(=コントロールが効いている)理由として持ち出す論調がある。しかし実際は、それは逆であると考えるべきだろう。権力が集中しておりコントロールが効かない政権だからこそ、安倍政権は決断力を欠いているのだ。優柔不断な政権の「控えの間」において、様々な「陰謀」はうごめく。お肉券やお魚券。オリンピックに旅行券、あらゆる団体が自分の利権を通すため、非公開の世界で跋扈する。シュミットはこれを「弱い全体国家」と呼んだ。  「弱い全体国家」とは、本来はシュミットによれば、「永遠の討論」の場と化した、決断不能な議会制民主主義の中で生じるはずの現象であった。シュミットは「弱い全体国家」を、国民を代表する決断可能な指導者を「憲法の番人」として設置することで克服しようとした。しかし、ベンヤミンのモデルによれば、権力の集中はむしろ決断不能な指導者を誕生させてしまうのである。彼は「憲法の番人」であるどころか、むしろ法破壊的である。したがって、私利私欲にまみれた利権政治家・利権団体が跋扈する「弱い全体国家」は続いてしまう。  「例外状態」を目の前にして全くの決断力を欠き、現実逃避する首相を持つ我々は現在、バロック的な、破綻した物語の中にいるのだ。世間のマスク不足が明らかになってからおよそ2か月後、「安心感を与えるため」と称し全世帯に布マスクを2枚ずつ配るという方針を決定する首相、コロナ終息後に配布する予定の商品券の名称に悩む首相を映画やドラマの中に登場させたとするならば、それはあまりにもリアリティを欠いているものとして、酷評されてしまうのではないだろうか。しかし今や、それが現実なのである。

「緊急事態」に対する人権と法の優越

 カール・シュミットはこうしたベンヤミンの提起に対して、応答を行っている。ベンヤミンの悲劇論文に直接言及したのは、1956年に出版された『ハムレットもしくはヘカベ』が初めてなのであるが、間接的な応答だと思われるのは、1942年に出版された『陸と海と』の中にある。シュミットは、バロック悲劇の継承者と目されている劇作家フランツ・グリルパルツァーの『ハプルブルク家の兄弟げんか』の主人公、神聖ローマ皇帝ルドルフ2世について、おそらくベンヤミンを念頭に、決断能力を欠いた主人公であったと評価したうえで、彼のことをカテコン(抑止する者)であったとみなしている。  カテコンとは、聖書に出てくる概念で、終末を遅らせる者の意である。シュミットはルドルフ2世について、当時のドイツが宗派対立によって引き裂かれる中で、消極的な行動をとり続けるしかなかったが、三十年戦争の勃発を少なくとも10年遅らせた功績はあったと述べている。  「抑止する者」の形象は、皮肉な意味で安倍政権にも当てはまるだろう。安倍政権は検査数を絞り、潜在的な市中感染者を数字の上では出さない方針を取っている。首相が休校要請の際に述べた「正念場たる1~2週間」は永遠に引き延ばされ、収束がもはや絶望的になり、感染者が指数関数的に増加していても、「まだ持ちこたえている」のである。もしかすると破局はすでに訪れているのかもしれない。しかし少なくともこの政権は、その破局を認識することを遅らせ続けている。  1940年代にはシュミットは、既に単純な決断主義モデルの採用をやめている。その代わりに彼が採用するのは、ノモスと呼ばれる、主権者が決断を行う際の基準となりうる法的な空間秩序である。ナチス政権の枢密顧問官であったこの法学者から何かヒントを得ようとするならば、我々は通常状態や緊急事態といった区別に優越する空間秩序を措定しておくことができるということだろう。  思想史的な正確さでいえば、『暴力批判論』によってかかる秩序の措定をベンヤミンが批判している以上、これはベンヤミンに対する解答にはなりえない。だが、これを中国や韓国などの東アジア諸国、あるいはドイツなどのヨーロッパ諸国と日本との比較で考えるならば、問題の本質を説明する思考モデルとしては分かりやすくなる。  つまり、「緊急事態」に効果的に対応できているか否かの違いは、「緊急事態」において柔軟に対応しうる強力な主権者を準備しているかではなく、通常状態において、いかに規範的な思考をクリアに出来ているかの違いであるということだ。中国やシンガポールのような権威主義体制であれ、ドイツをはじめとするヨーロッパの民主国家であれ、いずれにせよ何らかの法的理念のもとで危機に対応していることはわかる。もちろん、法的理念は民主主義的であり、人権を擁護するものであるほうが望ましいのは言うまでもない。  人権や法が緊急事態に優越するところでは、物事の優先順位はクリアになり、最悪の状況の中でも市民の生命と生活を守ろうとする合理的な政治が成立する。人権を欠いている権威主義体制では、その合理性は市民に対して過酷なものとなってしまうかもしれない。  日本は、安倍政権下のここ数年間で、人権を守らねばならぬという意識も、権力は法に従わなければならぬという意識も、両方が失われた。そして権力者と従順な臣民しかいなくなったところでは、決断能力を欠き右往左往し、あるいは「遅らせる者」として、ひたすら現実逃避するだけの無能な政府が残る。  緊急事態宣言は出されるのかもしれない。しかし、たとえ宣言が出されたとしても、それによって我々の生が権力に従属するわけではないし、政府が信頼に足るものになるわけではない。我々はいかに迂遠な道だと思われたとしても、人権や法の理念を再び取り戻さなければいけない。そうでなければ、コロナウイルスにかかって死ぬより、政治によって殺される確率のほうが高いからだ。 (※)ヴァルター・ベンヤミン、浅井健二郎訳『ドイツ悲劇の根源 上』筑摩書房、一九九九年、一三一頁。 <文/北守(藤崎剛人)>
ふじさきまさと●非常勤講師&ブロガー。ドイツ思想史/公法学。ブログ:過ぎ去ろうとしない過去 note:hokusyu Twitter ID:@hokusyu82
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