コロナ禍で開催が遅れている大学入試検討会議、文科省のたたき台通りになる危険性も

指導要領についての文科省の見解

 各委員の発表の後、これまでの会議で、委員からの「英語民間試験が学習指導要領に適合しているのか」という質問に対する文科省からの回答が先延ばしになっていましたが、今回、この件の回答がありました。その中で「学習指導要領のありかた」に対しても文科省考え方がはっきりしたことは重要です。  文科省の学習指導要領に対する考え方は、「学習指導要領は、最低限学習すべき指標にすぎない」とのことでした。したがって、この「最低限」を満たしている試験であれば民間試験でも構わないということであり、「現に、民間試験は学習指導要領の内容を超えているから整合性はとれている」と判断したということです。この「学習指導要領が最低限」という考え方は、すでに東京大学などの個々の大学入試では根付いているもので、実際、「学習指導要領は学習目標の出発点であり、ここからどこまで深められるかを(大学入試で)問いたい」という考え方で作問していると言われています。  今回は、文科省側からもあらためて学習指導要領が「クリアしなければならない最低ライン」という位置づけであることを改めて確認したことになります。これは、現行課程から2つ前の1994年から実施された学習指導要領とその解説で「学習指導要領を超えてはいけない」とされていたものと逆のもので、少しずつ「上限設定」を緩めてきたこともあり、現在の学習指導要領は「最低ライン」であることが確認できました。  なお、私立大学の一部はすでに民間試験を利用しています。民間試験はそれぞれに特性があり、例えばTOEICはビジネス向き、TOEFLは留学に適しているとされています。私立大学の一部の学部のように小さな単位であれば、入学してほしい学生をそのような個性のある民間試験を利用して選抜することも理にかなっていますが、これが「日本全国の受検者に一律に」となると不適切ではないのかという意見が出ていました。また、渡辺良典委員からは、「年間の受検者が、英検は350万人、GTECは150万人であるが、それでも日本人は英語ができないと言われている」という指摘が出ています。

実は数学の専門家も1人だけ

 先日、ある記事で「この会議に英語の専門家はたった一人」であることが指摘されていましたが、実は、数学の専門家についても一人(清水美憲委員、筑波大学、数学教育)しかいません。もちろん、ほとんどの方がご自身の大学入試で数学を受検したと思われますし、もしかすると大学入試で数学の採点をしたことがある人はいるかもしれません。しかし、少なくとも、数学者が皆無、数学教育に直接関わっている方が一人だけという事実は、今後の運営に不安を残します。  というのも、この検討会議の存在理由の一つが、「共通テストの記述式のあり方を検討する」ことだからです。このような会議をする場合は、教育現場を知る数学あるいは数学教育の専門家が必要です。例えば、「高校数学の役割は何か?」「なぜ、高校で数学を学習する必要があるのか?」の問いに対する一般的な回答としては、「自然科学の基礎を学ぶため」というものがあります。もちろんその回答自体は正しいのですが、高校数学の役割はそれだけではありません。高校数学の表に出ない重要な役割として、「高校数学を通じて論理力を育み、正しく議論する力をつけること」、「物事をいくつかの段階に分けて考えること、あるいはいくつかの場合に分類して考えることに慣れること」があります。このような力が備わっているかを測るため、ほぼすべての国立大学と一部の私立大学では数学の試験に記述式の問題を課しています。今後、「記述式」が共通テストで導入されるのであれば、そのような目的にかなったものでなければなりません。形だけの記述式では意味がないのです。  最初に述べたように、この会議の進行状況は大幅に遅れていると思われます。文科省のこれまでの「奥の手」である「時間がないから、(文科省の用意した)この案でいきましょう」となり、不完全な「記述式」がどさくさに紛れて提案されたときに、ここまでの会議で、物静かな一人の数学の専門家がどこまで踏ん張れるのかが心配されます。そうでなければ、大学入試改革に黄色信号が灯ってしまうことになります。 <取材・文/清史弘>
せいふみひろ●Twitter ID:@f_sei。数学教育研究所代表取締役・認定NPO法人数理の翼顧問・予備校講師・作曲家。小学校、中学校、高校、大学、塾、予備校で教壇に立った経験をもつ数学教育の研究者。著書は30冊以上に及ぶ受験参考書と数学小説「数学の幸せ物語(前編・後編)」(現代数学社) 、数学雑誌「数学の翼」(数学教育研究所) 等。 
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