―― 欧州での再公営化の起爆剤は市民運動にあると指摘なさっていますね。
岸本:ええ。先ほど178件の水道再公営化があったと申し上げましたが、それは間違いなく、
「水への権利」を市民の手に取り戻そうとする運動が巻き起こった結果です。
水は誰にとっても必要なもの。
人権なのです。あるいは、みんなの公共財・共有材〈コモン〉だとも言えます。民間企業の独占的な経営にゆだねるのではなく、公のものとして、市民も参加しながら管理するという方向を打ち出した運動が欧州では広がってきているのです。
たとえば、スペインのバルセロナ市では、水道の再公営化を求める市民運動から地域政党「
バルセロナ・イン・コモン」が誕生し、市長を二期連続して擁立することに成功しました。
いま、その勇気ある市長が、水メジャーと必死に闘っています。それを常に支えているのは、地域の市民運動です。
―― なぜ、中央ではなく、地方から再公営化運動は立ち上がってきたのでしょうか。
岸本:日本でも水道民営化に熱心で地方にそれを押し付けているのは、グローバル資本と結びついた国家のほうですよね? それは欧州でも同じです。
新自由主義的な中央政府やEUに対して、地方からNOという運動が展開しているのです。
水道民営化に反対する自治体は、世界中の自治体と協力し、国境を超えた運動に発展してきました。こうした動きは
「ミュニシパリズム」(地方自治体主義)と呼ばれ、さらには
「フィアレス・シティ」(恐れぬ自治体)と呼ばれる世界的な自治体運動ネットワークに発展してきました。恐れぬ、というのは、
国家やグローバル資本に対して恐れずNOをつきつけるという意味です。
2020年現在、フィアレス・シティの拠点数は欧州49都市をはじめ、総計77にも及んでいて、東アジアでは
デモで北京に抵抗するあの香港が参加しています。
フィアレス・シティのネットワークでは、市長や市議などが参加して活発に国際会議などを行い、地方から民主主義を活性化し、〈コモン〉である水やエネルギーや交通の運営権を再び自治体の手に取り戻す道を探っています。
要は
闘い方の戦略会議です。知識も〈コモン〉ですから、お互い、惜しみなく情報と戦略の交換をしています。そうでもしなければ、グローバル資本と闘うことはできません。実際、
パリとジャカルタとバルセロナが闘っている企業は、同一の水メジャーです。だから
自治体どうしの連帯が非常に有効なのです。
―― 日本の地方経済の衰退や地方議会政治の沈滞ぶりとはだいぶ違うようで、「フィアレス・シティ」など遠い話に感じます。
岸本:いえ、地方の政治家の汚職が絶えなかったり、経済が苦しかったりするのは欧州も同じです。むしろ経済の状況はもっと悪い国もあるくらいです。EUの財政規律のせいで苦しい思いをしているのも地方自治体です。その財政規律も、民営化に誘う絶好のカードになっています。
しかし、だからこそ、
水という、生きていくためにはどうしても必要なもののためにこそ、市民運動が活発になっているのです。
日本では「フィアレス・シティ」の運動がほとんど報じられていないので、イメージしづらいだけで、でもその萌芽はいくらでもあります。
たとえば、安倍政権が新型コロナウイルス感染予防のために学校に対して一斉休校を要請しましたよね。あまりに唐突で、生活している人たちの姿や地方経済の構造がまったく見えていない。単に「やってる感」の演出でした。
そんな稚拙なトップダウンに対して、地方自治体にはむしろ住民の暮らしや生命、そして地元の経済を守ろうという気概がまだ残っている。実際、多くの自治体の首長が、安倍政権を恐れず、一斉休校に反発しましたよね。
それがすなわち、「恐れぬ自治体」の精神です。そういう気概をもった議員や首長たちを、住民は声をあげて支えるべきです。それがあと少しで、大きな波として可視化されていく気配を感じています。
―― しかし、地方議会も自民党が与党のところが大半です。
岸本:だから、
起点は住民でなくてはならないのです。
浜松市の水道民営化反対運動は、地元住民たちが立ち上がって、きちんと成果をあげました。水道民営化に反対する3万筆以上の署名を集め、民営化検討作業を一時中止に追い込んだ。
浜松市の市長は自民党系ではありませんが、民営化の旗振り役は市長。その市長が、民営化反対運動の勢いに怖気づいたのです。ちょうど市長選の前でした。
自民党支持であろうが、保守系議員を応援していようが、水という共有材〈コモン〉の運営が民間企業の手にわたったときの弊害の情報を共有できれば、住民は運動に参加していきます。共有材〈コモン〉を企業の儲けの論理で、好き勝手にされていいのか、という「怒り」が、運動の起爆剤になるからです。
この署名活動を主導したのは
「浜松水道ネット」(浜松市の水道民営化を考える市民ネットワーク)という市民グループです。彼らは地道に勉強会を開き、毎週水曜日には駅前に立ち、商店街で署名を集めました。選挙前には各政党に質問状を送り、水道民営化に対する立場を聞き出す。ある意味、古き良き草の根運動を展開し、市政を変えたのです。これを日本中に広げていきたい。
水という国民全員にかかわる問題だからこそ、日本の民主主義を変えていく力を秘めていると思うからです。
(聞き手・構成 中村友哉)