―― 国鉄民営化を実行したのは、昨年亡くなった中曽根康弘総理大臣です。中曽根総理の狙いはどこにあったと思いますか。
安田:中曽根は2005年11月にNHKのインタビューで、分割民営化の狙いについてわかりやすい言葉で語っています。中曽根はおおよそ次のように言っています。「
国鉄民営化を実行したのは国労(国鉄労働組合)を潰すためだ。国労は総評(日本労働組合総評議会)の中心だから、いずれ崩壊させなければならない。それで総理大臣になったとき、国鉄民営化を真剣にやった。国鉄民営化ができたから、国労は崩壊した。その結果、総評が崩壊し、社会党が崩壊した。それは一念でやった」。
これは当時から言われていましたが、中曽根の目的は労働組合潰しというより、社会党を潰して55年体制を終結させることでした。その後、実際に社会党はなくなり、55年体制は終結しました。中曽根の思惑通りになったわけです。
国鉄民営化を進めるにあたって中曽根が重宝したのが、経団連会長を務めた
土光敏夫でした。土光は第二次臨調(臨時行政調査会)の会長に就任し、分割民営化に精力的に取り組みました。
メディアもこの流れを後押ししました。土光がメザシを食べている姿をテレビで流し、質素で清廉な人間であるかのような演出を行ったのです。私からすれば、本当に生活に苦しい人はマクドナルドなどで食事を済まし、むしろ金持ちほどメザシのようなものを食べるのではないかと皮肉を言いたくなりますが、これによって国民の間で土光への支持が高まったことは間違いありません。
―― マスコミの責任は重大です。なぜ彼らは国鉄民営化を応援したのでしょうか。
安田:当時の国鉄本社には「ときわクラブ」という記者クラブがありました。私はそこに所属していた記者に話を聞いたことがあります。その記者は分割民営化に疑問を感じ、批判記事を書こうとしたそうですが、
会社から「分割民営化は批判すべきものではない」と圧力をかけられ、記事にできなかったと言っていました。
マスコミが民営化に賛成したのは、一つには
利権が関係していると思います。国鉄民営化の結果、それまで国鉄が保有していた土地が民間に払い下げられることになりました。たとえば、
汐留がそうです。いま汐留には
共同通信や日本テレビ、電通などのビルが建っています。これは綿密な検証が必要ですが、
マスコミは分割民営化を応援した論功行賞として国鉄用地をわけてもらったという見方をする人も一部に存在します。
―― 麻生太郎財務相は2017年に衆院予算委員会で、「貨物も入れて7分割して、これが黒字になるか。なるのは3つで、他のところはならないと当時からみんな言っていたんです。鉄道関係者なら例外なく思っていましたよ」と述べ、国鉄民営化は失敗だったという認識を示しました。
安田:
「お前が言うな」と言いたくなりますが、
発言の内容自体は正しいと思います。もっとも、分割民営化を考える上で重要なのは、黒字になるかどうかではなく、
公共サービスをビジネス化することが適切かどうかという視点です。
鉄道をはじめとする公共サービスは、人の命や生活に直結します。それは決してコストがかかるからという理由で廃止したり、切り売りしていいものではありません。
たとえ儲からなかったとしても、全国津々浦々まで必要なサービスを届けるのが「公共」というものです。
そういう意味では、分割民営化を食い止められなかった責任は、国労にもあると思います。当初、国労はこの問題を労働問題としてのみ捉え、民営化に反対しました。確かに労働組合の役割は、組合員の待遇向上や労働環境の改善などを実現することです。しかし、この問題を労働問題に限定してしまったことで、鉄道の公共性という観点をなかなか打ち出すことができませんでした。それもまた国民の支持を得られなかった一つの要因だと思います。
また、保守派や愛国者を自称する人たちにも責任があります。先ほど述べたように、国鉄分割民営化は鉄路の安全を脅かし、地方に荒廃をもたらしました。私にしては珍しい物言いかもしれませんが、
民営化は国土を破壊し、国の安全を脅かしたのです。
普段は国家の安全保障といったことを声高に唱えている保守派や愛国者が、なぜこのことに無頓着なのか。理解に苦しみます。
もちろん一部の保守派は民営化に反対したのかもしれませんが、その多くが国の方針に賛同したことは否定できないでしょう。いったい彼らは何を保守したのか。なぜそれで保守派を名乗れるのか。
そんなものは愛国者でもなんでもないということは強調しておきたいと思います。(3月4日インタビュー、聞き手・構成 中村友哉)