病気で苦しみ、裁判を闘うスリランカ人は入管収容所に再収容されてしまうのか

市民集会への参加が不許可となる

まだ拒食症は治らない

1月22日。ダヌカさんは少しずつ体重が戻っているとはいえ、まだ拒食症は治らない。この日の昼食もミルクココアを二口くらい飲んだだけだった

 さてこのとき、ダヌカさんには約1か月の仮放免が許可されたが、その更新(延長)手続きのため、2020年1月22日、東京入管に出頭した。筆者も同席した。ここで看過できない問題が起こる。更新は再度1か月許可されたのだが、「一時旅行許可」が不許可となったのだ。  仮放免者が守らなければならないルールは2つ。「就労禁止」と「居住する都道府県から外に移動するときは入管から『一時旅行許可』を得る」ことだ。ダヌカさんは、裁判について弁護士との打ち合わせ、治療のための通院、国会議員との面談など、居住する千葉県の外で8つの用事を抱えていた。その場所に行くための許可を申請したところ、2月4日に予定されていた「市民団体主催の集会」への参加が不許可となったのだ。  どういうことなのか? ダヌカさんは「違反審査部門」の職員からその説明を受けるために別室に招かれたが、ダヌカさんに付き添っていた筆者は別の職員に質問をぶつけてみた。 --どういう理由で不許可に? 「今回は病気療養が目的の仮放免です。市民集会での発言などは今回の仮放免の趣旨に合致しないんです」 --仮放免の目的と合致しないから不許可となる。入管にはそういう規定や内規があるのですか? 「ありません。その都度審査するということです」 --ということは、今後も同様の集会への参加は認められない? 「一律にダメとは言えません。慎重審査になります」 --多くの人とのふれあいや励ましは、その人の精神にプラスに作用すると思いますが。 「そのへんの考えは僕らにはなかったです」 --医師の判断もあったのですか? 「ありません。事務方だけで」 --違反審査部門だけで決めたのですか? 「いえ。もっと上の部門の裁決も取っています」  これ以上詳しいことは判らないが、このやりとりで筆者は疑問を覚えた。  別室に呼ばれたダヌカさんは「許可する理由がないので不許可です」と告げられただけで、筆者が受けたような説明を受けていない。そして、ダヌカさんはこの翌日の1月23日に国会議員との面談が予定されていたが、それは許可されている。市民集会への参加との違いはいったい何か?  結局、その直後に電話を受けた市民団体はすぐに手を打ち、許可を必要としない千葉県内で同じ2月4日に会場を替えた。今回はそれで乗り切ることができたが、実は筆者は、上記の入管職員とは以下のやりとりも交わしている。 --これまで、体調回復を目的に仮放免された人たちのなかには、記者会見や集会参加もした人もいます。なぜ今回は不許可なのでしょうか?  職員はこれには正面から答えずに以下のように回答した。 「居住する都道府県から出ない範囲での活動は、私たちは規制できません。県外だと規制を受ける。その違いの不公平感はあるので、今後、居住県内での行動への規制も考えねばならないところに来ているのかなと思います」  もしこれが実施されたら、仮放免者の移動は極めて限られたものになってしまう。長期収容は多くの問題を抱えるが、かといって仮放免されても完全な自由が待っているわけではない。それがさらに制約されるのだろうか?

あんたたち人間じゃない!

ダヌカさんの日記

ダヌカさんは、自分の身に何かあっても関係者が理解できるようにと、収容中も日記は日本語で書いていた。あるときは、点滴を要請したら職員が「待ってもらうしかない」と実質的には拒否したことも書かれている

 それから1か月後の2月25日もたいへんな一日だった。午前9時頃、ダヌカさんは仮放免の更新手続きに臨んだ。すると許可された更新期間がわずか2週間だったのだ。この短さにAさんは震えた。というのは、昨年の事例で振り返ると、それは高い確率での再収容を意味するからだ。ダヌカさんは、今でも固形物を摂取できない摂食障害と重いうつ病を発症している。その人をその病巣に戻すのか?  さらに同じ日の16時半。ダヌカさんは初めて自身が起こした裁判において5分間の意見陳述をすることができた。  入管施設では他人扱いされ、他人の名で呼ばれることに返事をしないと、違う部屋に連れていかれて複数の職員に囲まれて返事を強要される。スリランカ大使館からの郵送物(ダヌカ名義)はすべてダヌカさん本人には届けられない。うつ病と摂食障害を発症してからは、昼は餓死に怯え、夜は自殺願望が頭をよぎる毎日。それでも私はダヌカとして生きていく……といった内容だった。  ところが、この陳述のあと、鎌野真敬裁判長がこう告げた。「双方の主張は出尽くした。弁論は終結した」といきなりの結審宣言だ。  傍聴席から「え~!」と声が上がり、同時にダヌカさん側の指宿昭一弁護士が「まだ証人尋問もしていない。立証の機会を与えてください。それは最低でもするはずです。それとも、結論が決まっているんですか!?」と立ち上がると、裁判長は「争点は原告の名前がダヌカとかではない」と、やはり終結を主張。すると、指宿弁護士は弁護士生活初となる「裁判官に忌避を申し立てます!」と主張した。裁判官忌避とは「担当の審理から裁判官に外れてもらう」ことを訴える制度だ。  裁判長は「では忌避理由書を提出してください」と述べて、閉廷した。そのとき、扉の向こうに消えようとする3人の裁判官に向かって、傍聴席からダヌカさんの婚約者が「あんたたち人間じゃない!」と叫んだ。  証拠不十分なままで結審しようとしたのは、もう結論(敗訴)を決めているからなのか? とりあえず、忌避理由書を書くことが先になるので、今回の結審は見送られたが、傍聴した誰もが恐ろしさを覚えた。    もちろん、2週間の仮放免でも更新が認められた事例は少数ながらあるし、裁判は三審制である以上、まだ敗訴と決まったわけではない。だが、同じ日に出された「2週間」の仮放免と、結審宣言(延びたが)。不安にならざるを得ない。もし再収容+敗訴などがあったら、「入管が」というよりも、人間が人間に対してやってはいけないことをすることになる。  Aさんは閉廷からずっと泣きじゃくり、体を支えるダヌカさんに震える声で「収容……されちゃうの?」と尋ねた。その結果は3月12日の仮放免更新手続きを待つしかない。ともあれ、まだ裁判とうつ病治療は続く。もし治療費や裁判費用の支援をしたい方がいれば、「ダヌカさんを支援する会」の口座に支援を寄せてほしいと思う。 <文・写真/樫田秀樹>
かしだひでき●Twitter ID:@kashidahideki。フリージャーナリスト。社会問題や環境問題、リニア中央新幹線などを精力的に取材している。『悪夢の超特急 リニア中央新幹線』(旬報社)で2015年度JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞を受賞。
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「ダヌカさんを支援する会」の口座は、ゆうちょ銀行 10120-89853761 または ゼロイチハチ(018)店 普通8985376
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