東大教養過程を経なければレイシストになるのか。東大卒業生とともに考える「真の教養とは」

教養はいつ、どこで役に立つか予測がつかないからこそ身につけておくべきもの

久保田裕也氏

東京大学出身で、株式会社オトバンク代表の久保田裕也氏

 今の仕事にも繋がっている部分としては、どのようなものがあるか聞いてみた。  「僕は中国語を選んだわけですが、そのときの先生が中国の人文科学の世界というか、新しい世界を見せてくれたんですね。当時まだ2000年代初頭で、インターネットもそれほど普及しておらず、そんな時期に日本の新聞やテレビにのっていない情報や、中国の文壇の動きを教えてくれたりとか。必修だったので週二回は必ず会いますからそこでの影響は大きかった気がしますね。あとは、仏像の授業を受けたんですよ。授業の質がどうこうではなく、ああ、この人本当に仏像が好きなんだな、と。好きなことをここまで徹底的に突き詰める生き方があるんだなと思いました。それから、“ホロコーストの考察”というのをひたすらやっている授業がありました。その後旅行でアウシュヴィッツに行くきっかけにもなりましたし、そこで色々考えることもありましたから、影響は受けているんでしょうね」  久保田氏から見た東大の教養課程の意義とは何なのだろうか。  「何度も強調しますが、あれを受けたからといって専門知識が身に着くかというと、そんなことは全然ないです。ただ、東大って“教養”を身に着けるためのカリキュラムはちゃんと提供してくれているんですよね。あれをきちんと履修すればかなりの教養が身に着くのは間違いないです」  筆者は米国でまさに東大の一般教養にあたるリベラルアーツ科目を学んだ。そこでは専攻していたはずの政治学とはあまり関係がなさそうな「スペイン語」とか「絵画史」とか「統計学」とかの授業を受けさせられるわけだが、今になるとこの「スペイン語」の授業がきっかけとなりスペイン語の翻訳書を出したりしているわけだ。  かのスティーヴ・ジョブスも「大学中退後、モグリで書道の授業を受けたら、それがマッキントッシュのフォントに繋がった」と言っていたではないか。結局、人生で何が役に立つかなどわからないのである。

教養がオトバンク陸上部発足にも繋がった!?

 今回筆者の印象に残ったのは、「科目の多さ」である。もちろん、東大も日本の大学である以上、全員が全員根を詰めて必死に勉強しているわけではないだろう。外交官試験とか司法試験、あるいはキャリア官僚とか明確な目標があるならともかく、バイトやサークル活動に明け暮れる学生がいるのも事実だ。それでも、一見関係なさそうな科目を幅広く学ぶ、入り口だけでも見ておくのは視野を広げる上で非常に大きな意義があるのではないか。  ちなみに、本人は否定するかもしれないが、筆者の目には「東大教養課程」が「オトバンク陸上部」につながっているように見える。
オトバンク陸上部

2018年に発足した、株式会社オトバンク陸上部。現在は女子選手3名が所属

 前回紹介した須河沙央理選手はかつて「キロ5」(1㎞5分、つまり時速12㎞の意)が苦しい時代もあったという。2時間40分台の久保田氏には遠く及ばないが、筆者も3時間18分なら記録したことがあるのでよくわかるが、キロ5とは筆者の普段のジョギングよりも遅いくらいである。そんな選手にセカンドチャンスを提供し、ともに新しい挑戦に取り組もうと決断できたのは、久保田氏の教養および視野の広さの証明ではないか。  くだんの彼も専門分野である程度能力があるのは間違いない。ただ、高校程度の一般社会常識とヒューマニティがなかっただけだ。ほんの少し高校の教科書を読みなおし、中国の最先端を見て反省すれば復活の目はまだあると筆者は信じている。 <取材・文/タカ大丸>
 ジャーナリスト、TVリポーター、英語同時通訳・スペイン語通訳者。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。’10年10月のチリ鉱山落盤事故作業員救出の際にはスペイン語通訳として民放各局から依頼が殺到。2015年3月発売の『ジョコビッチの生まれ変わる食事』は15万部を突破し、現在新装版が発売。最新の訳書に「ナダル・ノート すべては訓練次第」(東邦出版)。10月に初の単著『貧困脱出マニュアル』(飛鳥新社)を上梓。 雑誌「月刊VOICE」「プレジデント」などで執筆するほか、テレビ朝日「たけしのTVタックル」「たけしの超常現象Xファイル」TBS「水曜日のダウンタウン」などテレビ出演も多数。
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