2019年1月に旅券発給を申請した際に記入した「渡航事情説明書」
筆者が提訴したという報道を見た人々の中に「人質になって政府に迷惑をかけたのだから」と提訴そのものを非難する声があるのも、この異常さからではないか。それ以外に納得のしようがないという人がいてもおかしくはない。
しかし、発給拒否の理由に「過去に日本政府に迷惑をかけたから」と受け取れる文言は書かれていない。旅券法13条1項1号の「渡航先に施行されている法規によりその国に入ることを認められない者」の解釈としてそれが入り込む余地があるとも思えない。
筆者が拘束された2015~2018年のシリアは世界中のジャーナリストがほとんど誰も入れていない現場であり、極めて特殊な事例だ。
それ以前に人質になったことはなく、それまでの拘束もほとんど取材者のいない激戦地などでのスパイ容疑の拘束だ。紛争地としては珍しくないが、それもあくまで紛争地でのことである。
旅券申請の際に申告した渡航先は紛争地ではなく、かなりの数の日本人観光客がいる国々で、私だけが「迷惑をかける」という未来の危険性を外務省が立証しようとしているとも考えにくい。
人質にされたことを理由に旅券発給を拒否される事例は異例のこと
「国益に反するからだ」と言う人もいるが、それならば、旅券法13条1項7号の「外務大臣において、著しく、かつ、直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」に該当させればよい。それを7号でなく1号でどのように主張するのか、現時点では想像がつかない。
「過去に旅券発給拒否を合憲とした判例がある」と“解説”する人もいる。
しかし、1号で合憲の判例はない。そもそも1号で新規発給拒否の事例自体が恐らくない。「判例がある」と勘違いされているのは、1952(昭和27)年、ソ連で開催される国際経済会議に出席しようとした元衆議院議員の帆足計が旅券発給拒否されて提訴し、合憲の判決が確定した「帆足計事件」だ。
しかしこれは7号(当時の5号)の事件であり、1号とはまったく別。1と5と7の違いくらいは調べてからものを言ってもらいたいものだ。7号(当時の5号)の別の事件では発給拒否の取り消しを命じた判決もあり、発給拒否が自動的に合憲・適法というわけでもない。
「迷惑をかけた」が実際にどのように迷惑だったのか、具体的な事実関係は何も明らかになっていない。解放の経緯を見ると、身代金の支払いどころか解放交渉があった形跡すらなく、日本政府の対応は他国と比べても極めて限定的だったと考えざるを得ないが、その詳細についてはこの場では触れない。
解放された他国の元人質たちはいずれも旅券を発給され、その後も紛争地を含めた海外渡航ができている。
過去に人質にされたことを理由に旅券発給を拒否される事例は日本にも過去にない。もしもそうなら世界的にも国内的にも異例のことだ。
発給拒否通知まで半年かかっており、何を審査しているのか外務省旅券課にたずねた際は、「人質であったことが問題か」と聞くと明確に否定していた。少なくとも現時点で、外務省が「過去に迷惑をかけた」を理由に発給拒否をしたとうかがえる材料はない。