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「いろいろな派遣先を経験しましたが、肉体的、精神的に最もキツかったのが自動車期間工です。現代の“蟹工船”と言ってもいいと思います……」
言葉を絞り出すように語るのは、製造業や配送業、コールセンターなど様々な派遣先を転々と渡り歩いている山田啓二さん(42歳、仮名)だ。
自動車期間工とは、3か月や半年間など一定期間の契約で、寮に住み込んで自動車や関連部品メーカーの工場でフルタイムで働く短期派遣社員のこと。そして、彼の言う“蟹工船”とは、船上で缶詰に加工する工場施設を備えたカニ漁船における労働者搾取の実態を暴いた昭和初期のプロレタリア文学代表作、小林多喜二の小説『
蟹工船』のことだ。
「寮の飯はクソまずい。仕事は1週間ごとの昼夜二交代制なので、うまく睡眠がとれなくなる。毎日が同じ作業の繰り返し。でも、ミスをすればライン全体が止まってしまう。だから現場の正社員はパワハラまがいの言動でプレッシャーをかけてくる。ストレスでおかしくなりますよ。実際に、おかしくなって工場の隅や寮で何かを叫んでいた期間工も何人かいました」と山田さんは自動車期間工として過ごした過酷な日々を振り返る。
「歯車になって働いていると、何も考えられなくなるんです。でも、ある日、寮と工場を往復する送迎バスの中で気づいたんです。これって“蟹工船”だって。小説では工員たちが臭気で充満する船室を“糞壺”と自嘲する描写がありますが、全く同じなんですよ。夏場の夜勤明けなんか、ものすごい臭いなんです。想像してみてください。夜勤を終えた臭いのきつい汗だくの男たちが、補助席まで使い切った満員のバスに押し込まれ、朝日が差し込む中で泥のように寝落ちしている光景を。僕たちは磨けば使い続けてもらえる歯車ですらないんですよ。使い捨ての“ぼろ雑巾”なんだって」
言葉の端々からインテリな雰囲気が漂う山田さん。実は30代後半までは大手商社や大手広告代理店の系列企業などで勤務していたエリートサラリーマンだった。しかし、独立して事業を立ち上げるために2016年に脱サラしたのが、転落人生の始まりとなった。