「支援員の継続雇用」という希望はどのように踏みにじられたか
とはいえ、
子どもたちの環境の維持のカギは、現在の支援員の継続雇用にある。学童保育や放課後児童クラブで30年にわたるキャリアを持ち、現在、主任支援員(放課後児童クラブの責任者)を務めているベテランは、「スタッフが1人変わるだけでも、子どもたちには負荷になる」という。子どもたちが、家庭や学校や放課後児童クラブで「自分の居場所」という感覚を抱くことができる時、そこには必ず、そこにいる
大人との継続的な信頼関係があるはずだ。前述のとおり、保護者たちは現在の支援員の継続雇用を希望していた。「T」も春日市を通じて、保護者たちの願いを承知していたようである。
「T」は10月と11月に、現在の支援員に対する説明会を開催した。支援員の労働条件が悪化し、収入が減少することは確実なのだが、それでも「子どもたちのために、とりあえず次年度は残留したい」と考える支援員は少なくなかった。12月、「T」が現在の支援員に対する選考を開始すると、主任支援員の半数弱にあたる8名、短時間勤務の支援員の多数が応募し、履歴書を提出した。短時間勤務の支援員は、全員が2019年末までに内定通知を受け取っている。ところが、
主任支援員に対する選考結果は、年が明けて2020年になっても示されなかった。
主任支援員に対しては、1月23日と24日に、改めて面接が行われた。面接を受けた主任支援員たちによると、その場で「筆記試験問題」と記された用紙を渡され、自由記述の作文を求められた。支援員たちがその場で「T」の面接官に趣旨を尋ねたところ、「先生方の思いの丈を書いてもらえればいいので」と口頭で回答されたという。しかし後日、改めて問い合わせると、「採否の参考にする」「不採用や異動もありうる」という回答であったそうだ。
結局、主任支援員8名に対して結果が通知されたのは、2月14日であった。5名は内定、3名は不採用であった。
不採用となった3名は、経験年数が長く保護者たちからの信頼も篤いベテランばかりであった。
不採用となったベテラン主任支援員の一人は、不採用を通知される前の週、筆者のインタビューに「もう2月も半ばですよ。例年なら、新年度に向けての準備が終わっているはずの時期なんですが」と答えた。子どもたちにとっての放課後児童クラブという「居場所」のコアとなる主任支援員たちは、次年度の自分自身の雇用が不明で、新しい指定管理者に引き継ぎを行いたくとも行えない状況に置かれながら、子どもたちの次年度の環境を懸念していたのである。主任支援員が不採用となると、その放課後児童クラブで働いていたパート支援員たちも、「それなら」と一斉に退職してしまうかもしれない。
採用内定となった5名の主任支援員も、2月までの経緯を振り返ると、「T」のもとで支援員を続けたいという気持ちを持ち続けることは困難であろう。筆者は、自分自身の郷里でもある春日市の子どもたちのために、できれば5名全員が2020年度も留まってほしいと願う。しかし、子どもたちと共にいる主任支援員が、自分自身とこれまでを尊重されない状況に留まることが、長期的に「子どもたちのためになる」と言えるだろうか。まことに悩ましい。むろん、最も望ましい成り行きは、主任支援員を含む現在の支援員たちが過去と現在を尊重され、子どもたちの現在までの環境が維持されることである。しかし少なくとも「T」が、引き継ぎらしい引き継ぎが行える状況を作って来たとは筆者には思えない。
「T」が選定されてから現在までの現主任支援員に対する採用の経緯を見る限り、当事者である小学生たち自身を尊重する思いがあるとは、筆者には思えない。現在、主任支援員を務めている人々に対して不安や圧迫感を与えるということは、現在の主任支援員の業務の遂行には関心がないということ、すなわち「子どもたちの発達や成長には関心がない」ということではないだろうか。
一部始終を見てきた春日市議の一人は、筆者のこの疑問に対して、次のように答えた。
「『T』さんは、
放課後児童クラブを手荷物の一時預かりと同じように考えているのかもしれませんね。何時間か預かって、傷をつけずにお返しするということなのでしょう」
納得する説明ではある。しかし、子どもたちは手荷物ではなく自分の感情と意思をもった人間だ。「T」が放課後児童クラブの指定管理者になった福岡県内の別の自治体では、その年度の4月と5月だけで、小学4年生以上の児童が全員、クラブを退所したという。小学3年生以下の児童は、保護者が必要としている以上、嫌でも「T」の放課後児童クラブにとどまることになる。「
正座で百人一首」をはじめとする数多くの強制に対して、服従するか、抵抗するか、あるいは要領よく大人の顔色を読んで立ち回るか。「T」の放課後児童クラブに支援員として勤務した経験者によると、
放課後、小学低学年の子どもが教室の机にしがみついて泣きながら抵抗しているところを、担任教諭が無理やりにクラブに連れてきたこともあったという。
放課後児童クラブに通っていた子どもを持つ春日市の保護者の一人は、嘆息しながら次のように述べる。
「結局、『子どもは慣れる、親は諦める』と思われているのかもしれませんね……春日市に」
◆歪められる地方行政。ある学童保育の危機 2
<取材・文・写真/みわよしこ>