『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』おぞましいが笑ってしまう怪作映画である「3つ」の理由

©2019 bombero international GmbH&Co. KG/Pathé Films S.A.S./Warner Bros.Entertainment GmbH

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 2月14日より、『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』が公開されている。  はじめに明言しておくが、本作は決して万人にオススメできる映画ではない。おぞましい犯行を繰り返す実在の殺人鬼の姿を追う物語であり、作品としてのアプローチもやや特殊で、R15+指定でも甘いと思わせるほどにグロテスクであるからだ。  しかし、その一方では特定の人には深く“ささる”、唯一無二とも言える魅力を持った、良い意味での“怪作”でもあったのだ。以下に解説していこう。

1:殺人鬼の日常を淡々と追うブラックコメディだった

 舞台は1970年のドイツのハンブルク。安アパートの屋根裏部屋に住む中年男のフリッツ・ホンカは、夜な夜な男と女が集うバーで酒をあおっていた。周囲からは無害そうに見られていたホンカだが、その正体は殺人鬼。彼は老いた娼婦を部屋に連れ込み無理やり犯し殺害、あまつさえ死体をバラバラに切り刻んで、そのいくつかは捨てずに部屋の壁に塗り込んでしまう。  その犯行は極めておぞましく、理解し難い。計画性も知性も、全くと言っていいほどに感じられない。ただ女性を衝動的に暴行し殺害という流れを繰り返している。しかも、死体の処理についても明らかに途中からめんどくさくなって、部屋の外に捨てるのを諦めてしまっていたのだ(当然、やがて死体の腐敗臭も立ち込めることになる)。
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 さらに、劇中で基本的に展開していくのは、その殺人鬼の“淡々とした日常”ばかりだ。1人で屋根裏部屋に暮らし、暇があればバーで飲んだくれて、その後に部屋に戻る、というダメな中年男のルーティンを追っているのだが、その日常の延長線上で、異常で身勝手な殺人が当たり前のように行われているのである。  そんな彼を見ていくうちに、おぞましいと同時に、どうしても“滑稽”という感情も芽生えてきてしまう。殺人までの過程も、その後始末も、適当すぎる様を散々見せられ、良い意味でのツッコミ不在の恐怖もずっとつきまとうため、恐ろしく思いつつもちょっと笑ってしまうのだ。  すなわち、これは極めて黒い笑いに満ちたブラックコメディと言ってもいい。『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクター博士のような“超人的な知能と殺人への美学”などとは正反対の、どうしようもなく滑稽な殺人鬼の姿が、そこにあるのだから。行き当たりばったりな殺人を描く実話という意味では、『ペイン&ゲイン 史上最低の一攫千金』(2013)や『全員死刑』(2017)などの映画にも通じているだろう。  その黒い笑いが極に達するのは、とあるバトルシーンにある。詳しくはネタバレになるので書かないでおくが、これがもう絵面から状況から何から何まで、汚らしくてアホらしくて、良い意味で観客を「もう笑うしかねえ」な心境に追い込んでくれるので本当に最低(褒め言葉)だった。“映画史上もっとも醜い殺人バトル”と言っても過言ではないだろう。  これらが、本作が観る人を選ぶ大きな理由だ。性暴力および殺人が絶対に許されないことが大前提にあるのはもちろんだが、どうしようもなく滑稽な殺人鬼の日常を淡々と綴ることで、凄惨でグロテスクなはずなのにどこか笑ってしまうという、観る側の倫理観さえ揺らいでしまいそうなほどの衝撃があるのだから。まずは、それを覚悟して観ていただきたいのだ。

2:同情させる過去も、社会批判も描かない理由とは

 フリッツ・ホンカの出自はとても不幸だ。彼は10人兄弟の3人目として生まれ、兄弟が多すぎたために母からは育児放棄され、児童養護施設で育った。若い頃は港湾で労働者として働いていたが、交通事故に遭ったため鼻の骨は砕かれ曲がってしまい、特徴的な斜視もその後遺症として残っている。2度の離婚歴もあり、アルコール中毒も深刻なものになっていったそうだ。  しかし、映画ではそうした“フリッツ・ホンカに同情してしまいそうになる過去”はほとんど描かれていない。これは、ファティ・アキン監督の「彼の残虐行為に対して弁明を求めたくはない」という意向が理由にある。つまり、過去の描写を避けることで、彼の短絡的な欲望以外の、殺人への“理由”を与えてしまわないようにしているのだ。
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 なお、本作の舞台は1970年のドイツだ。戦後ドイツは、奇跡的な経済復興を果たしたが、その恩恵にあずかることができなかった社会の最下層の人々もいた。劇中のフリッツ・ホンカはもちろん、バーに集まる人々もそうなのだ。特に、老いた娼婦たちは強制収容所で生き残った女性たちであり、ファティ・アキン監督は殺される彼女たちを演じる女優に「いくら悲惨で落ちぶれた生活をしていると言っても、ただ死にたくないということが希望となっている」と教えていたのだという。  そのように、時代背景を作品に反映している一方で、ファティ・アキン監督は本作について「この題材を社会批判的に描くと説教くさいものになってしまう」「本作で描いたフリッツ・ホンカは個人の肖像で、彼が起こした殺人は社会的な状況で説明することはできない」とも語っている。  つまりは、時代背景をリアルに描いたとしても、フリッツ・ホンカの身勝手な犯行の理由を“時代のせいにはしない”という明確な意思があるのだ。あくまで悪として描かれるのはフリッツ・ホンカという“個人”なのである。  これは、実際の被害者もいる殺人事件を扱った映画として、誠実なアプローチだ。殺人を犯す理由に、ワイドショーで取りざたされるような対外的な要素を入れないようにして、観客にフラットな視点を持たせるようにしているのだから。
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ダメ中年の切なさは、ちょっとわかるかもしれない
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第69回ベルリン国際映画祭コンペティション部門正式出品 監督・脚本:ファティ・アキン(『女は二度決断する』『ソウル・キッチン』) 出演:ヨナス・ダスラー、マルガレーテ・ティーゼル、ハーク・ボーム 2019年/110分/ドイツ 原題: Der Goldene Handschuh /英題: The Golden Glove 配給:ビターズ・エンド HP:www.bitters.co.jp/yaneura Facebook : fb.com/FatihAkinCinema/ Twitter:@FatihAkin_movie
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