中村哲医師個人の偉業を「日本はスゴイ」にすり替え。お別れ会で見た、アフガンと日本政府関係者の温度差

一人ひとりの命をすくい上げる「点」の活動を「面」まで広げる

ペシャワール会のパンフレット

お別れ会で配られた、ペシャワール会のパンフレットと会報(142号/号外)

 中村医師は、一人ひとりの命をていねいに取り上げて救っていった。その累積が65万人とも言われているが、実際にはもっと多いのではないだろうか。  何十万人を対象とするようなプロジェクトは、面的に展開する。でなければ「大規模救済は不可能だ」とされるからだ。だが彼は、常に点をひとつひとつ積み上げていってこの数字に達したのだ。本当に途方もないことである。 「効率的」にプロジェクトを進めるにあたって効果的なのは間違いない。しかし、それだとどうしても、最もマージナルな(辺境にいる、中央から遠い)人たちが常に排除されてしまう。  中村医師はそれを知っていて、むしろよりマージナルな部分から点で接していって、面を凌いだのだ。  点的アプローチを貫く人びとこそ、最も尊敬に値するひとだ。逆説的のようだが、国際関係論(国際援助論、国際協力論など)を軸にした社会科学的アプローチは面的アプローチに傾きがちであり、筆者もその例に漏れない。しかし同時に、それとは真反対の点的アプローチこそ、より深く人を救えると筆者は確信するからだ。  彼は、目の前の命をひとつひとつすくい上げるように治療を施していった。患者に必要なものは医者である。この当たり前のことが、先進国の大都市の真ん中ですら機能しない中、それが地球上で最も機能しなさそうな場所に単身乗り込んで、一人ひとりの「落とさずに済むはずの命」をすくい上げていっていたのだった。

戦場で武器を持たずに平和を説き、それを実践する

 中村医師から学ぶことは、非常に多くある。平和学者として筆者が何よりも彼に感謝したいのは、やはりこれだ。 「最も勇敢なものは戦場に赴きてなお武器を持たず平和を説き、それを実践するもののことである」  このテーゼを完璧に証明してみせたこと。当然、これと対になるテーゼは以下のようなものだ。 「最も卑劣なものは戦場から遠ざかって平和を口にしながら他人に武器を持たせ、それを撃たしめるもののことである」  誰のことか、あえて言う必要もないだろう。  このテーゼは遥か昔から唱えられ、万人の得心するところだった。しかしそれを実行する人は希少であり、そのような人が現れるたびに聖人化されることが続いてきた。「私たちには彼のようなことはできない」と、むしろ平和構築への関与を他者化してしまうような言説を、中村医師のケースにおいてもしばしば耳にする。  しかし、本当にそうだろうか。中村医師はクリスチャンだった。新約聖書・マタイによる福音書第5章9節は、こう説く。 「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる」(新共同訳)  2000年も昔から、わかっていたことなのだ。そろそろ実行に移せるようになっていることが、人類が進化したという証なのではないだろうか。その意味で、中村医師は私にとって「人類の進化の証」だった。「進化した人類の、生きたモデルケース」だったのだ。  人類が進化を運命づけられた種だとしたら、私たちは哲先輩のフィロソフィーを追って生きていかねばならないのだ。中学のはるか後輩たる私の目から見た中村哲医師とは、そういう人である。 < 文・写真/足立力也>
コスタリカ研究者、平和学・紛争解決学研究者。著書に『丸腰国家~軍隊を放棄したコスタリカの平和戦略~』(扶桑社新書)など。コスタリカツアー(年1~2回)では企画から通訳、ガイドも務める。
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