今回決定の特徴(前半 地震に対する安全性を中心として)
ここで今回の仮処分決定となった
広島高裁決定要旨と取り消された原決定である
山口地裁岩国支部による決定要旨を比較しながら今回決定の特徴をご紹介します。
本件での争点は、原審に引き続き争点は次の6つです。
1)司法審査の在り方
2)本件原子炉の必要性
3)地震に対する安全性
4)火山事象の影響に対する安全性
5)避難計画等
6)保全の必要性
これらの中でとくに主要な争点となったのは、1)4)5)と3)のうち
中央構造線の評価とそれに関連する問題と記してあります。
原審判断(地裁決定)では、新規制基準は合理的であって、伊方3号炉が新規制基準に適合するという原子力規制委員会(NRA)による判断は合理的であるから、申立人の被保全の立証はできていないとして運転差し止めの申し立てを却下しています。これを不服として即時抗告によって広島高裁で争われてきました。
◆争点1)司法審査の在り方
まず、1の司法判断のあり方についてです。
原審では、債務者=四国電力が大量の放射性物質放出によって債権者=申立人(原告)の生命、身体等を深刻に脅かすことがないと証明する必要があるとしつつも、それに代えて新規制基準が合理的であり且つ、伊方3の適合性審査に誤りがないことで証明できるとしています。
一方、高裁決定では、この件について四国電力が相当な根拠、資料に基づいて証明できなければならないとしつつも、それに代えて新規制基準が合理的であり且つ、伊方3の適合性審査に誤りがないことで証明できるとして地裁判断を継承しています。
◆争点3)地震に対する安全性
つぎに地震に対する安全性で、その中でも中央構造線の評価とそれに関連する問題についてです。
中央構造線断層帯の震源断層については、
中央構造線断層帯長期評価(第二版)をもとに不確かさを論じ、四国電力による申請とNRAによる判断は合理的と結論しています。
その一方で、伊方発電所に近い佐田岬半島沿岸について四国電力は、「佐田岬半島北岸部には活断層が存在せず、活断層が極めて近い場合の評価は必要ない」と判断して、活断層が極めて近い場合の地震動評価を行っていません。
原告が指摘する伊方発電所至近の活断層と疑われる地形
図の赤矢印で示される海底の谷部が長浜のボーリング調査で発見された下灘-長浜沿岸活断層と同様の活断層ではないかと長年争われてきている。伊方発電所の2km以内にも急峻な海底谷があり、これが活断層だと伊方発電所沿岸の極めて至近距離(2km以内)に活断層が存在し、「活断層が極めて近い場合の地震動評価」が必要となる。
伊方沿岸での詳細な調査は行われていないと地震本部”中央構造線断層帯長期評価(第二版)”により言及されている
抗告理由書3補充書4より
伊方発電所からの等距離円1km刻み
前図と縮尺が異なるが、地形の照合によって海底地形の正確な位置がわかる
国土地理院地形図より
中央構造線断層帯長期評価(第二版)には、“四国電力は、詳細な海上音波探査を行い、伊方発電所敷地沿岸部に活断層がないことを確認していると主張するが、中央構造線断層帯長期評価(第二版)には、伊予灘海域部については四国電力により詳細な調査がなされたことが記載されている一方で、
佐田岬半島沿岸については、そこに存在すると考えられる中央構造線について、「現在までのところ探査が行われていないために活断層と認定されていない。今後の詳細な調査が求められる。」と記載されていることを指摘し、四国電力の主張する海上音波探査の欠落箇所であることを前提にした記載である”と指摘しています。
四国電力は、「現在までのところ探査が行われていないために活断層と認定されていない。今後の詳細な調査が求められる。」との
中央構造線断層帯長期評価(第二版)での記述について、原審に引き続き「四国電力による海上音波探査の見落としか、これを意図的に排除した一委員の個人的見解に過ぎない」と主張してきましたが、原審での「佐田岬半島沿岸部には活断層が存在するとは言えない」という判断に対して、高裁決定では、「
そのように断ずることはできない」と判断の変更を行いました。
これは伊方3号炉運転を差し止めた広島ルート仮処分決定(その後、保全異議申し立てで棄却決定)でも見られなかった新たな判断で、たいへんに驚くべきものです。*
〈*但し、中央構造線断層帯長期評価(第二版)は、2018年12月29日発表であり、広島ルートにおける広島高裁での保全異議申し立てによる棄却確定後である〉
山口ルートの原審では、四国電力側の主張を採り入れ、従来通りすでに調査済であるとしており、司法判断が正反対となっています。
科学的に正当な手続きでは、このような調査、観察自体の存在について意見が対立した場合、徹底して原典遡及したうえで、合意に至らない場合には新たに調査を行い結果を公開します。調査には多額の資金と時間を要しますが、伊方3号炉の設置許可の根本に関わる調査の存在について合意が得られない場合には、今後も運転差し止めという重大な「司法リスク」の火種になり続けますので、公開調査を行うべきでしょう。
活断層がなければ万々歳ですし、もし活断層があった場合、それによって将来、伊方発電所が甚大な打撃をうけて原子力過酷事故を起こせば、東京電力に比して経営規模が遙かに小さな四国電力の経営は即日吹き飛びます*。「司法リスク」**と泣き言を言う前に、重大リスクの不存在を証すことが正攻法と言えます。
〈*フランスをはじめとした世界の原子力開発国では、1979年より2000年までにかけて国ごとに時期と取り組みのちがいはあるが、原子力過酷事故が起こリ得るという前提で原子力開発と許認可が行われてきている。日本では福島核災害を経て漸くではあるが、今日では原子力過酷事故が起こるという前提とした原子力行政となっている〉
〈**「司法リスク」とは、新造語ではなく、社会的受容を必須とする事業や施設において当然存在するものである。筆者も様々な場面で論じてきている用語である。決して原子力業界によるアクタイではない〉
この伊方発電所沿岸の海底活断層の存在・不存在の論争は核心的なもので、地震本部の指摘する新知見(新たな見解・補足意見)に対してなぜ、公開調査を行わないのか、理由が全くわかりません。
調査を行うことの最大の受益者は、四国電力なのです。
結果として山口ルート高裁決定では、「
四国電力は、十分な調査をしないまま佐田岬沿岸部の海底活断層が存在しないとして伊方3号炉に係る原子炉設置変更許可等の申請を行い、NRAは申請を問題ないとして許可したのであるから、NRAの判断には、その過程に過誤ないし欠落があったといわざるを得ない。」と結論づけています。
その上で、「
四国電力は、NRAによる判断とは別に申立人の生命、身体への重大な危険の存在がないことを証明していない。」としています。
これによって、申立人の伊方3号炉の地震に対する安全性について被保全権利(運転差し止め)の証明がなされたとしています。
なお、伊方発電所の地盤については、四国電力の主張とNRAの判断について正当性を認めています。
差し止め高裁決定前半部分(主として地震安全性判断)へのコメント
ここまで伊方3号炉運転差し止め仮処分申し立て山口ルート高裁決定についてその前半部分を見てきました。
大きな争点となってきた司法判断のあり方については、原審決定ほか従前の決定、判決と結論が大きく変わるところはありません。
しかし地震に対する安全性の評価では、地震本部2018年12月29日発表の
中央構造線断層帯長期評価(第二版) をもとに伊方発電所至近の海底にあると指摘される活断層に関して、その不存在を証明できていないという極めて大きな判断の変更を行っていると読み取れます。
原子炉至近に活断層があれば設置変更許可等の審査において新設置基準の定める通り、「震源が敷地に極めて近い」場合の「地震動評価」を新たに行い、評価せねばなりません。
この部分について今回決定が求めているのは、佐田岬沿岸海底の詳細な地形調査による活断層の存在・不存在の判定と、仮に存在した場合は、「震源が敷地に極めて近い」場合の「地震動評価」を行い、改めてNRAによる審査と判断を行うことです。
要するに
伊方3号炉の存在を否定するのではなく、佐田岬半島沿岸海底について詳細な科学的調査を行い新たな知見に基づいた審査に適合すれば良いということです。
四国電力伊方発電所 2019/04/13 撮影 牧田
今回発生した新たな司法リスクは、佐田岬半島近海の詳細な海底地形調査を行わなければ払拭されない。文言のアクロバット解釈を行っても将来の大きな司法リスクは存在し続け、大きくなり続けるであろう。
ここまでは、常に新たに発見される科学的知見に対応するためのごく当たり前の手順であることから筆者には極めて当然の判断であると思われます。
この問題を放置したままでは、今後も追って行われるであろう設置変更審査などの度に差し止め請求が行われることとなり、「司法リスク」は増える一方で伊方3号炉の経済的合理性を削り取ってゆくこととなります。
どのみちNRAによる特重工事猶予期間決定について極めて甘く見たが故に1年から2年の運転停止が確実であり、加えて本決定によって1年近い運転停止が見込まれますので、科学的手続きに従って詳細な海底調査を行い、その上でNRAによる再評価を行った上で後顧の憂いをなくすべきでしょう。幸か不幸か、時間はたっぷりあります。
現在のように、地震本部による中央構造線断層帯長期評価(第二版)の表記について解釈をいじり回していたところで問題の本質からほど遠く、四国電力にとっても市民にとっても重大リスクが払拭されません。
福島核災害前後では、原子力を取り巻く社会的、経済的環境は全く異なります。世界の原子力産業は、福島核災害後の新たな環境に適合した者が生き残りつつあり、アレヴァですら適合できずに国策救済となりました。一方でまさに「失敗の本質」で指摘されるとおり、過度の環境適応によって、官僚的組織原理と属人的ネットワークで意思決定と行動する事に固定化している日本の原子力産業・電力業界には経済・経営上の破局が訪れることになりかねませんし、最悪の場合は第二次核災害で社会が崩壊することもあり得ます。
今回は決定要旨前半の地震に対する安全性までを解説しましたが、後半部分は、火山事象の影響による危険性への判断を中心に解説を続けます。
『コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」』伊方発電所3号炉運転差し止め仮処分決定について 2
<文/牧田寛>