職を転々としてきた就職氷河期世代が「ウーバーイーツユニオン」で自己肯定感を回復するまで

「1人じゃない」ウーバーイーツユニオンの組合員、記者会見で声を震わせる

土屋俊明さん

土屋俊明さん(43)取材後は趣味のランニングで帰宅するという。

 土屋俊明氏は、ウーバーイーツの配達員だ。そして、ウーバーイーツユニオンの組合員でもある。  2019年1月7日、配達員たちのための労働組合ウーバーイーツユニオンは、配達員の事故状況の実態を明らかにする調査プロジェクトを始めることを記者会見で発表した。目的は、ウーバーイーツに対して、配達員の事故などへの労災適用を求めるためだ。  2019年の10月に、ウーバーイーツジャパンは事故についての「補償制度」をつくったが、対象となる「配達中」の時間が労災保険と比べて限定されているうえ、支給される「見舞金」が一時金のみであるなど、きわめて不十分であり、問題があるものであった。  記者会見の席では、記者たちからそうした労災保険の現実性を問う質問もあった。たとえば会社が社会保険料を負担するかわりに、配達員に支払う報酬を下げる可能性もあるというのだ。  この質問に対して、土屋氏は発言の機会を求め、声を震わせながら以下のように述べた。 「このような会見をしたときに、企業側の都合というものをしきりに問う声が聞かれるのですが、私たちは実際にこの避けがたい事故に遭われた方の気持ちを聞きたいと思っております。まず、一番困っているのはウーバーではなく、実際にけがに遭った方なんですね。そういう方の声を聞かないでどうするんだと思うんですよ。そういう、そこら辺にちょっと想像していただきたいんです、皆さんにも。(中略)なので、今、ここで発表していることはそういう方々に1人じゃないよって、われわれがいるよと、話を聞くよということの表明なんです」  1時間以上に及ぶ記者会見の中で、彼の発言はひとつのハイライトとして、様々なメディアで取り上げられている。  インターネットに繋がってさえすれば、様々な飲食店の料理を自宅に届けてくれる便利なサービス、ウーバーイーツ。しかし、プラットフォームビジネスという新しい事業モデルは、様々な矛盾やトラブルを抱えている。そしてそのしわ寄せが一番に来ているのは、現場の労働者たちである。  2019年10月、ウーバーイーツの配達員たちによって、ウーバーイーツユニオンが結成された。土屋氏は組合の立ち上げから関わり、執行役員の一人として先述の事故調査プロジェクトなど、積極的な活動を行っている。しかし、彼はこれまで、労働運動に深く関わってきた人物ではない。  土屋氏は43歳。いわゆる就職氷河期ど真ん中の世代だ。ここ数年、筆者は彼とは親しい間柄で、世代的には就職氷河期の最後尾に属する。なぜ彼は、今にして労働組合に関わりだしたのか。また、あの発言に込められた思いはなんだったのか。この記事では本人に対するインタビューをもとに、明らかにしていきたい。

就職氷河期ど真ん中。土屋俊明氏の半生

 土屋氏は、東京生まれ。バブル崩壊直後に高校を卒業する。進学の積極的な意志はなかったが、家族に諭され、美術系の大学に滑り止めで進学する。卒業時は氷河期真っ盛りで、同期の学生も職に就くのに大苦戦していた。彼自身は、就職をあきらめアルバイト生活に至る。  「当時はまだフリーターという言葉が、『ライフスタイル』として認知されていた時代でした」と土屋氏は振り返る。卒業後は倉庫業務や警備員などを経験するが、警備員時代に健康を害し入院。退院後に、ある広告代理店に雇われる。もちろん社員ではなくアルバイトとして。  正社員ではないことに、不安はなかったのか。当時の心境を、土屋氏は「自分自身に対して諦めがあった」と語る。中学時代にいじめられていた経験などから、そもそも自己肯定感が低かった。明日死んでも仕方がないと思っていた、と。  彼はその広告代理店で10年近く勤める。しかし新聞広告業界の不況のあおりを受け、事業縮小にともない解雇される。東日本大震災の翌年のことであった。当然ながら新たに正社員としてどこかに雇われることは難しく、資格を取って介護の仕事につく。  しかし、その仕事も長くは続かない。1秒たりとも気の抜けない仕事にも関わらず、労働環境は劣悪。誰もが「必要な仕事だ、誰かがやらなければいけない仕事だ」と言うのに、公的なサポートは一切ない。制度がコロコロ変わり、現場はそれに振り回される。そうした状況に幻滅した彼は、数か月でその職をやめてしまう。  次に就職したのはオークション会社だった。そこで美術品の検品の仕事をするが、美術品の状態のチェックの現場には馴染めたものの業務そのものは厳しく、健康を損ねてしまう。また正社員登用制度にも引っかからなかったこともあって自信を喪失し、仕事を辞める。  ここで彼は、次の仕事を見つけるまでのつなぎとして、ウーバーイーツに登録する。始めてみると、対人ストレスがない働き方の魅力に気づいたという。  配達員として働きながらも就職活動自体は続けており、知人の紹介でホテルのフロントの仕事につく。契約社員だった。だが、ここもまた長くは続かなかった。原因はパワハラだ。フロント業務で応対を誤ると後ろから先輩の足が飛ぶ、配置転換後も上司からその日の失敗を箇条書きにするように要求される、などの被害にあう。そして心身ともに病んでしまい、退職してしまった。これが2019年の春であり、これ以降、彼はウーバーイーツの配達員として主な収入を獲得している。
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「面白そうな」労働組合――土屋氏はなぜユニオンに参加したのか
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