「半地下」は対北朝鮮、「インディアン」は対アメリカを象徴
【鑑賞前のポイント②-韓国社会を象徴するものたち】
ポン・ジュノ監督の作品には、現代韓国が抱える特殊な社会事情が反映されている。一つだけ例を挙げるのであれば、ポン・ジュノの代表作の一つにも挙げられる「殺人の追憶」(2003)。
この映画は実際に京畿道の華城市で起こった連続強姦殺人事件を扱った映画であるが、映画の中での殺人は、灯りの無い深夜の暗闇の中で行われる。この「暗闇」は、単に現場が田舎であるという短絡的なものではなく、当時の時代背景と併せて語られるべき事である。
当時は、韓国は朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の暗殺事件に乗じて、クーデターを起こし政権を掌握した全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領が政権を握り、夜間外出禁止令が韓国全土に発布されていた時期と重なる。この夜間外出禁止令は、内政の混乱に乗じて、内乱や北朝鮮のスパイが暗躍するのを防ぐためであったと言われている。当時の韓国が置かれていた国際、時代的背景が映画のストーリーに深く関わっているのだ。
「パラサイト 半地下の家族」で描かれる「半地下アパート」も同様の社会的背景があるのだ。韓国では北朝鮮との戦争に備え、都市部の建物には防空壕にもなる地下室の設置を推し進めた時代がある。その防空壕が、後に「半地下アパート」に姿を変え貧困層が暮らす部屋となる。
常に戦争の危機に晒され、国土分断の歴史を歩んできた韓国の特殊な社会事情が、ストーリーでは語られない物語の基礎となっている。
韓国の社会的背景を象徴するものとして、本作には「アメリカなるもの」が少なからず物語の中に配置されている。その一つが予告編にも映し出されるインディアンであり、富豪家族の息子がお気に入りの、アメリカ製テントである。
富豪家族の幼い息子がはまっている「インディアンごっこ」こそ、この映画の導入部における象徴である。アメリカ大陸の先住民であるインディアンが、外部からの侵入者と戦う。まさに富豪家族に寄生しようとする主人公一家にインディアンの矢を放つ息子の姿は、自分たちに寄生しようとする主人公一家たちへの攻撃である。
一方で、富豪家族の息子は「アメリカ製のテント」を愛用する。このテントは豪雨の中でも、水一滴染み入らせることはなく、雨中の庭でキャンプ遊びをする息子を庇護してくれている。「アメリカ製だから大丈夫だろう」という富豪夫婦の会話も相まって、対米関係において常に微妙な舵取りを強いられてきた韓国社会と、結果的にアメリカの庇護を受けざるを得ない国際状況すらも示唆している。
「パラサイト 半地下の家族」が描く世界には、ストーリーの中では語られることのない韓国の社会状況が、ジグソーパズルの背景の1ピースのような役割を果たしている。
アメリカの映画ファンに訴えたポン・ジュノのメッセージ
【鑑賞前のポイント③-ポン・ジュノのメッセージ】
アメリカのアカデミー賞の前哨戦とも言われるゴールデングローブ賞が発表され、「パラサイト 半地下の家族」が、韓国映画史上初めて、最優秀外国語映画賞を受賞した。受賞に際してのポン・ジュノのコメントが、アメリカの映画ファンを唸らせた。
「字幕の障壁、いや障壁というほどのものではなく、ほんの1インチ程度の壁を越えれば、皆さんは、より多くの映画を楽しむことが出来ます」
これはハリウッドを抱え、映画の一大市場でありながら、外国語映画が中々上映されないアメリカの映画配給会社や映画館に向けて言った言葉である。この言葉に会場にいた映画人らは皆、喝采を送った。
本作の主演を務めたソン・ガンホも韓国国内での映画祭でのインタビューで、「我々もこんな映画を創ることが出来る。こんな映画を字幕なしで観ることが出来る」という話をしている。
良くも悪くも、ハリウッド映画が世界中を跋扈しているなか、韓国内の「国産映画」は興行的に常に辛酸を舐めてきた。このポン・ジュノのコメントは、ポン・ジュノのみならず、韓国映画人としての誇りとプライドを込めた言葉である。
世界興行収入1億2000万ドル(2019年12月25日)、韓国観客動員数1000万人超え(2019年11月17日)。韓国映画史の歴史を塗り替える本作は、ポン・ジュノのその自信と、この映画に最大の賛辞を送った世界中の映画人の拍手に恥じない傑作であると、市井の人である筆者も信じて疑わない。 <文/安達夕>