人通りや車の往来が多くても死角も少なくない
かねてより日本人が犯罪被害に遭うことはあった。在タイ日本大使館は邦人保護件数がずっとトップなほどである。ただ、置き引きやスリといった身の危険のなかった事件も含まれる。とはいえ、年に何度か新聞沙汰になるような事件に日本人が巻き込まれることもあった。その中には日本人居住者が多い地域もあった。
2015年には日本人居住者や飲食店の多いトンローという地域で日本人が強盗に遭っている。ただ、このときはその日本人によって撃退された上に現行犯逮捕もされている。以前、筆者はある雑誌の取材でタイのギャングやマフィア構成員に話を聞いたことがある。そのときに言っていたのは、「強盗でもケンカでも、襲うのはタイ人だけだ。外国人は別世界の人だから」というようなことだった。
タイにインドのようなカースト制はないが、目には見えない経済的な階級制がある。低所得者層は高級店に入れないし、富裕層が低所得者層の店に足を運ぶことはない。しかし、外国人は関係ないので観光客はいろいろな店に顔を出す。そういったときに、ギャングたちは外国人を階級の外側の人と見なし、相手にしないというわけだ。2015年のトンローで起こった事件では、犯人が逮捕後に「外国人だと思わずに襲ってしまった」というような供述をしていた。
しかし、景気が悪くなれば犯罪者たちもそうは言っていられない。
タイ人はあまり貯金をしない傾向にあり、消費行動は活発だ。それにより、一見内需が高くて好景気に見えたのだが、タイはここ10年以上ずっと不景気だという経済研究家などの話もあった。しかし、2019年になっていよいよタイ人も不景気だと口にするようになってきた。
製造業の日本人は、「自動車の生産量ががくんと減っているみたいで、タイから撤退する日系企業も出始めているようです」と言う人もいて、タイ人ワーカーの仕事も減りつつある。景気が悪くなれば治安も悪くなるのは容易に想像がつくが、実は日本人居住者が多い地域は、そういった工場の閉鎖や不景気の影響をダイレクトに受けてしまう低所得者層が暮らす地域にかなり近い。そのため、今回の強盗事件は起こることが必然だったのかもしれない。
たとえば、日本人居住地域から見て南側にクロントーイ港というタイ最大の港がある。この周辺にはタイ最大とされるスラム街があり、港湾施設での日雇いなどで日銭を稼いでいる人々が暮らす。しかし、2006年から続く政情不安の中で、ときどき諸外国からタイとの輸出入制限といった制裁が加えられ、そのたびにダイレクトにスラムの人々の懐に影響を与えてきた。最近だと2014年の軍事クーデター時がひどく、スラム地域の若者によると見られるひったくりなどが日本人居住エリア近くで多発していた。筆者の友人もスマートフォンを奪われるなどがあり取材をすると、ちょうどスラムと日本人が多いエリアを小路が結んでいて、逃走経路ができあがっていた。
そう考えると、冒頭の12月に起こった強盗現場も他地域から入り込み、逃走しやすい小路が無数にある。だから、安全と思われていた日本人の多いエリアは常に危険にさらされていた状態なのだ。