マーケティング発ではない物づくりを。『さよならテレビ』の東海テレビ・阿武野勝彦Pと圡方宏史監督に聞く<映画を通して「社会」を切り取る6>

事件が記者を育てる

――東海テレビは、冤罪事件ではないかと言われている名張毒ぶどう酒事件をずっと追っていますね。『証言~調査報道・名張毒ブドウ酒事件~』から『眠る村』まで数えると10作にもなり、自白偏重の捜査についてはもちろん、事件を終わったことにしたい村の人たちの姿も描いています。ある事件に対しての裁判所の違法合法の判断とその判断が本当に正しいのかは必ずしもイコールではないことをふまえると、ドキュメンタリー制作には大きな意義があると思います。東海テレビの姿勢はどのようにして引き継がれているのでしょうか?
阿武野勝彦プロデューサー

阿武野勝彦プロデューサー

 阿武野:私たちは「名張毒ぶどう酒事件」を自分たちの制作者としての背骨だと思っています。事件が取材記者を育てるということがあります。名張事件を追い始めた1980年代は、司法の下にテレビジャーナリズムがあるという図式で、テレビが裁判所を批判するなんてとんでもないという感じでした。ニュースでは、こういう判決が下されましたということを伝えるだけで。  ところが、東海テレビには「名張毒ぶどう酒事件がおかしいぞ」と言った社員がいたんですね。名張事件を追い続けている齊藤ディレクターの前の初代ディレクターの門脇康郎さんです。この人がこの問題を扱うことによって記者たちの目が開かれていったということです。誰かがジャーナリズムとはなどと、御託を並べて教えたということはありません。 ――そうなんですね。 阿武野:『人生フルーツ』にしても『ヤクザと憲法』にしても記者が現場で何かを学んで帰ってくる。そして、学ばせて頂いたものと自分の中で発酵したものを表現として番組にしたり、映画にしたりするということを繰り返しています。論理だけじゃなく、現場にある、あるいは現場にしかない、空気というか、言葉にして表現できないものを獲得しているのではないでしょうか。 ――若い記者の方も既に作品があるので「ドキュメンタリー作りが伝統なんだ」と意識しますよね。作り続けることが素晴らしいと思います。 圡方:現場に取材に行く者からするとありがたい環境です。プロデューサーが取材クルーを信頼して、見てきたことに対して経緯をはらってくれていると感じます。その分しっかり見て来ないといけないんですけれども。 ――現在のご自分につながるエピソードはありますか? 圡方:入社時に「これを訴えたい」というのはありませんでした。就職活動をする時に既に東京のテレビ局に就職していた兄の影響もあったのかもしれません。それから、教師という比較的お堅い職業をしていた父に対する反発もあったのかな…。という気がします、というぐらいのものですが。 ――阿武野さんは、新聞学科に入る時には既に方向性は決めていたのでしょうか? 阿武野:いや、新聞学科にはたまたま入ってしまっただけですね(笑)。入ったらいい友達がたくさんいたんですね。本や音楽、映画、飲み屋、稼げるバイト、いろいろな世界に詳しい友達がいたことで随分いろんなことを勉強できました。祇園で雇われマスターをしていたこともあって、そこでヤクザとも出会いましたし、西陣織の旦那さんにもかわいがってもらいました。  学生時代にいろんな人にいろんなことを教えてもらった。映画づくりには音楽も必要ですが、私は音楽もわかります、なんてね(笑)。学生時代に大事なことは、いろんな友達をつくることなのではないかと思います。

テレビの原点に戻って

――最後に『さよならテレビ』に寄せる思いについて一言お願いします。 圡方:若い人たちに見てもらいたいという思いがとてもあります。テレビは世論を誘導し印象操作しようとしているという話がありますが、自分が20年近くこの業界にいて、それは陰謀論に近いのではないかと…。実際は顧客である視聴者に寄り添い過ぎるぐらい寄り添って、なんとか好かれたいとビビりながら作っているように感じます。そういうところを見せたかったし、普段視聴者の方が見ることのできない世界を見せたいという思いもありました。
(C)東海テレビ放送

(C)東海テレビ放送

――若年層を中心にインターネットで自分に興味のない情報しか見ない人たちが増えていますが、今後どのような番組を作っていきたいですか? 阿武野:最近、関西大学で『映像から考える現代社会』という200人ぐらいの大教室の授業を2コマ担当しました。今の学生さんは10分ぐらいの映像しか集中力が続かないと言われましたが、コマ作りにかける町工場の人たちの生きざまを描いた『熱中コマ対戦~全国町工場奮闘記~』という51分の番組を見てもらいました。学生たちは手に汗を握って夢中になって見ていました。最後は感動で泣きながら見ていた学生もいたんです。授業の感想はレポートの裏側までびっしり書いてあったのですが、それを見て、映像の力と学生の力、両方とも捨てたものではないと思いました。  マーケティングをやって、「こういうものが受ける」と言って番組を作るのではなく、主体的に「みんなに見てもらいたい」というプリミティブで強い気持ちを大切に、番組や映画を世に送り出す。ひたすらそこをやり続けることで、若い人たちもテレビに戻って来るのではないでしょうか。今はそれ以外にやることはないと思っています。 <取材・文/熊野雅恵>
くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。
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