タイ最注目の寿司職人が語る、「日本の料理人にとって海外修行がいい環境」である理由

高級店でありながら和気藹々とした雰囲気

高級店でありながら和気藹々とした雰囲気も「鮨 みさき」が人気の理由だ。ちなみに、見崎さんは右(写真提供:見崎昌宏)

 東南アジアで最も日本人が多い街であるバンコクで今どこよりも勢いがあると言っていい江戸前寿司「鮨 みさき」を経営する見崎昌宏さん(42歳)。箱根の懐石料理の料理人から始めて、インド、上海、インドネシアと海外修行をしてきた彼は、海外修行を通じて知った「寿司」の威力を知ることになる。そして、その思いは、旧知の仲である佐藤博之氏が銀座に出店した店の開業を手伝ったことで確信に変わった。(前回参照) 「寿司」に対する思いを胸に、見崎さんは、ついに「タイ」に辿り着く。

海外修行で痛感した「その国の人を知る」意義

 バンコクに移住してきた見崎氏がまずやったことは、物件を探すことではなかった。バンコクの飲食店に就職することだった。インドネシアなどで外国で働く厳しさを経験していることから、まずは「タイ人」を知ることから見崎氏は始めたのだ。 「日本人だからといって、現地の人に教えてやる、ではだめなんですよ。まずはタイ人に認めてもらうことから始めました」  その日本人経営の飲食店は、昔からバンコクにある有名店だ。見崎氏は独立を前提に就職させてもらい、2年間、ここで腕を奮った。最初の数ヶ月は、それこそ下積み時代にやったようなまな板洗いなど雑用もこなした。  そうしてタイ人の信頼も勝ち取り、バンコクの商習慣や客層などがわかってきたところでついに見崎氏は独立した。ここから1500万円の借金もわずか10ヶ月で完済する快進撃が始まる。

目指したのは「ブラック」じゃない職場

「鮨 みさき」の店内

日本の高級寿司店に引けを取らない「鮨 みさき」の店内

 見崎氏がバンコクで開いた「鮨 みさき」は、銀座で方向性を決めたように座席数の少ない、カウンターのみ、お任せのコースのみという営業スタイルにした。それから、自分が儲けたいという気持ちは当然ながらあるものの、もうひとつ、彼は決めていたことがある。 「いわゆるホワイトを目指しました。自分の下積み時代はブラック企業にいたようなものです。誰だって自分の人生ですから、自分が主役でいたいものですよね」  そのためにまずは働きやすい環境を作った。たとえば、社宅として店から徒歩数分の場所に部屋を用意し、通勤にかかるストレスをフリーにした。また、タイ人の調理師にも入店から1週間のうちに包丁を握らせる。もちろん最初は賄い食として食べるのだが、とにかく経験をさせていく方針になっている。ネタやシャリが余れば、練習用に使わせる。  こうすることで、練習も自主的にするようになり、店に愛着を持ち、無理な用事でも快く対応してくれる。タイ人は定着率が低いとよく言われるが、オープン時からのスタッフが「鮨 みさき」には今もいる。「結局、お客さんも従業員も、信用できる人、人間性の高い人について来ると思っています」という信条もあって、見崎氏は自身に関わる人を大切にするのだ。バンコクで雇った日本人の中にはすでに暖簾分けをして独立した人もいる。  見崎氏は海外展開のデメリットも理解している。先の突然の解雇のように契約の不履行もあるし、特にタイは政情不安が続き、見崎氏はタイに移住してから何度もクーデターや衝突を見てきた。 「外国だと法律ががらりと変わることもあり得ますから、どこに行っても大丈夫なようには考えています。それから、タイ人の力もあって今があると思っています。だから、ここでタイ人を雇って始めた以上、閉めることも考えるのが責任です。それもあって1店舗の規模を小さくしているというのもあります」
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旧態依然とした日本の和食業界に風穴を
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