世界に「分断」が生まれる背景とは――『分断を生むエジソン』著者の北野唯我氏に聞く

経営を通して世界を見る

――北野さんは博報堂などの大手企業からベンチャーに移られました。一般には勇気のいる決断かと思いますが、なぜベンチャーに移ろうとお考えになったのですか。  僕にはもともと、国家戦略を描きたいという思いがありました。貧しい国がどうやれば早いスピードで豊かな国になるのか、自分の手で解き明かしてみたかったんです。ただ、人間ってものすごく大きなことを理解するためには、そのためのフレームが必要になる。今飲んでいるコーヒーがおいしいというのは特に理屈とかはいらないと思うんですけど、大きなものは何かしらとっかかりがないと理解が難しいんですね。  では、国家を捉えるときに、そのとっかかりとなり得るものは何か。僕にとってはそれが経営だったんです。20代前半で博報堂という大企業で経営企画と経理財務を経験して、その後、世界最大規模の戦略コンサルを経て、さて、あと経験していないのはスタートアップの経営だなと思いました。一通りの経営を経験して基礎体力をつけ、そのうえで、貧しい国がどうやったら早いスピードで世界の中心になれるか、実践的に探究したいと思ったんです。「貧しい国」、言いかえればこれからの可能性に満ちた国とは経営で言えばスタートアップだと思って入社しました。 北野唯我さん ――同時期に出される『オープネス』について、『エジソン』と絡めてお話いただけますか。  『オープネス』は2019年の自分が、『エジソン』は32歳の自分がいちばん書きたいものでした。日本に求められているものを一言で言うならば、開放性であるという確信があったんです。トヨタがハイブリッド(HV)などさまざまな技術の特許を無償で提供したこともそうですし、#MeTooに代表されるように、さまざまな業界で女性が声を上げるようになったこともそうです。  これまでの日本の経営は、「鎖国的」でした。大きくは情報を隠していたということですね。限られた空間だけで情報を握って、それによって優位に立つ人と、苦しい状況に立たされる人がいる。LINEグループの中でハブって、あいつには教えないというような、中学校のいじめとも重なる部分はあると思います。そうした抑圧への反動として、情報を開放させたいという欲求、また旧態依然とした体制の中で抑えられてきた、自分自身を解放させたいという欲求が強くなっている。  今お話ししたのは経営のフィールドですけど、文化などでも同じことが言えると思います。たとえば、レディー・ガガ。彼女の曲は解放をうたったものが多い。「ありのままに」というワードが話題になった、映画『アナと雪の女王』もそうですね。文化とは大衆の声を吸いあげるものですから、みんなどこかしら解放されたいという感覚があるのではと。  こうしたことは僕以外の人も考えてるでしょうし、そういう意味では僕じゃなくても『オープネス』は書けたでしょうけど、『エジソン』は32歳の僕だから書けたものだと思っています。 ――20代の北野さんと、30代の北野さんでは何が違うと思われますか。  20代は生意気でした。今もそうですけど(笑)。ただ、「愛情」についてより視野が開けたことは大きいと思います。『エジソン』の中に書きましたけど、誰もが根底には、他者から与えられた愛情があって、ただ、そのことに気づくタイミングが違うだけだと気づきました。  まったく愛情を受けなければ、生きてはいけない。量の差はあるとしても、みんな愛情を受けている。そのことに、ある人は青年期に気づくし、ある人は死の直前になって気づくでしょう。20代の頃は、自分の根底に愛情が流れているということにも気づきませんでした。もちろん、単純な知識量の差もありますけど、それが一番ですね。 ――それは作中にもあった、「弱さを知るリーダー」という言葉ともつながりますね。  「弱さ」とは言いかえれば、自己完結ができないということです。すべてのものがひとりだけで完結できると、自信満々の男性はよく思う気がしますが、そうではなく、他者のつながりの中で生きていると理解することが必要なんですね。

釜ヶ崎で知った「自分の生き方」

――北野さんに影響を与えた方について、教えていただけますか。  大学を卒業する少し前、22歳の時に釜ヶ崎に行って、夜回りの活動をしていたことがあります。当時の釜ヶ崎は今よりも社会的な課題が明確で、安い賃金で働く労働者の方が救急車に搭乗拒否されたり、凍死されたりもして、問題になっていました。ただ、本気でこうした問題に取り組みたいというよりは、社会勉強の一環としてくらいだったと思います。  僕にとって重要だったのは、吉岡さんという、キリスト教協友会に所属している方との出会いでした。もともとはエンジニアとして働かれていて、釜ヶ崎の実態を聞いて会社をやめて、ご自身も日雇い労働をしながらボランティア活動を行われていました。ある時、吉岡さんを囲んだ会があって、それで、ご自身の哲学や活動について話されました。そこで、吉岡さんが語る一言一句が、むちゃくちゃ重いなと感じたんです。自分の魂を何に捧げるかを決めている人の言葉とは、こんなにも重いのかと思ったんですね。  もちろん、吉岡さんに対する尊敬の気持ちも湧き上がってきたんですけど、自分の方向性について改めて考え直したんです。自分は絶対にこの人みたいにはなれない、自分のポジションとかを捨ててまで、世の中や社会のために生きることは絶対に無理だと感じました。  自分は資本主義の世界で生きていく、でも、世の中にライフラインを作ってくれる人たちがいることを忘れずに、生きていこうと。その時に誓って、今も生きています。 ――読者へのメッセージをお願いします。  人生って、大変なことがたくさんあるじゃないですか。その中で自分だけに送られる言葉があったら、明日も頑張ろうと思えますよね。『エジソン』については、もちろん、読者の方のバックグラウンドは多彩だと思うんですけど、僕としては不特定多数の人というよりも、目の前の「あなた」に向けた一冊という感じなんですね。  うれしい時とか、落ち込んでいる時とか、その時の感情によって印象も異なってくると思うので、本棚にそっと置いていただいて、何かの折に手に取ってくれれば嬉しいですね。 <取材・文/若林良>
1990年生まれ。映画批評/ライター。ドキュメンタリーマガジン「neoneo」編集委員。「DANRO」「週刊現代」「週刊朝日」「ヱクリヲ」「STUDIO VOICE」などに執筆。批評やクリエイターへのインタビューを中心に行うかたわら、東京ドキュメンタリー映画祭の運営にも参画する。
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