前述したように、春日市の放課後児童クラブの次期指定管理事業者の選定には、4つの事業者が応募し、9名の評価者が評価を行った。平均点では、現在の「子ども未来ネットワーク春日」が100点満点の0.5点という僅差で2位となった。1位の株式会社Tは、2019年9月の市議会で、既に次期指定管理事業者となることが決定されている。私が「本気で放課後児童クラブに関心を向けている」と思える議員は、20名の議員のうち2~3名に過ぎない。
フィギュアスケートのスコアのように、一定の信頼をもって選ばれた審判が一定の基準に基づいて評価している場合、「
0.5点の差」で笑ったり泣いたりすることに不自然さはない。しかし、放課後児童クラブの指定管理事業者の変更は、現在、学期中にクラブを利用している
1200名の子どもたちと親たちに大きな影響を与える可能性がある。もしも春日市が、「100点満点の0.5点差なら、現在の指定管理事業者のままで」という判断を行ったとしても、「不適切だ」という抗議が多数になる可能性は考えにくい。
そもそも、この「100点満点の0.5点差」を「差」と捉えるべきだろうか? かつて物理系の実験や数値計算の研究に従事していた私には、計測などで結果として出てきた数値に対し、
どこからどのように出てきたのかを考える習慣がついている。季節や時刻、装置の部品のサイズに含まれる正常範囲のブレ、測定者の手の癖……結果に影響を与えうる要因は数多いが、外部のあらゆる影響を除去することは実際には困難であることが多い。たいていは、「影響による誤差の可能性はあるけれども、正しい値はこの範囲であろう」という判断のもと、結果を利用した次の判断やステップに進む。もちろん、計測装置の選定もメンテナンスも、正しい結果が得られていることを確認するための定期的な「
較正」という作業も、日常の重要業務の一つだ。
今回の春日市の放課後児童クラブに関する決定で、筆者が最も気になるのは、物理実験でいえば計測装置そのものに関わる部分だ。
評価を行った9名は、春日市役所の8名の部長と副市長1名である。部長の中には、総務部長や都市整備部長など、子どもや子育てとは直接関係していない職務に就く人々も含まれる。それらの業務も、放課後学童クラブと何らかの関係はあろう。しかし、育児や保育や福祉の専門家ではない。
もちろん放課後児童クラブの運営は、子どもと親と福祉の視点だけで行えるものではない。予算の確保も、適切に使用されているかどうかのチェックも、建物や周辺環境に関する目配りも欠かせない。その観点から言えば、総務部長や都市整備部長「も」参加していることは、むしろ健全なのかもしれない。
人選に一定の妥当性があるかもしれないと仮定した上で、私はさらに、評価に大きく影響する外界の影響がないかどうかが気になる。ある磁石の磁力を測定するとき、近くに別の巨大な磁石を置くべきではないだろう。地球の引力を測定しようとするとき、もしも地球の反対側にブラックホールが迫っていたら、得られる結果にはそのブラックホールの引力が加味されるだろう。そのような影響の可能性は、極力避けられるべきである。
今回の春日市の放課後児童クラブの次期指定管理事業者の選定に関し、評価を行った9名全員に、
何らかの大きな影響が加わっている可能性はないだろうか。もしもそのような影響があるのであれば、9名それぞれの評価も、その平均も、
妥当な値から遠ざかっている可能性がある。そして現在、
春日市長を務める井上澄和氏は、
1999年に初当選してから、2019年春の統一市長選で6期目となっている。自ずと浮かび上がる「多選」というキーワードを、評価への影響の可能性として考えないわけにはいかない。「市長が多選(6期目)」という事実の影響力は、「磁力1.005倍増し」「引力1.002倍増し」のように単純に数値化できるわけではないけれども。
福岡県の片隅から炸裂する「女性活躍」「少子化対策」へのカウンターパンチ
福岡県には、全体的に「保守の牙城」と呼ばれる地域性がある。そして現市長の井上澄和氏は、会派としては自民党だ。しかしその自民党には、2019年3月、党副幹事長の稲田朋美氏を中心として、女性国政議員らによる「女性議員飛躍の会」が設立された。この会は設立直後から、男性の育児休暇取得義務化を提言するなど目覚ましい活動を続けている。2019年12月には、これまで未婚非婚ひとり親を対象としていなかった寡婦控除を、親の婚姻歴と無関係なひとり親支援制度とした。ひとり親の育児を経済的に支援する道を開いた。稲田氏ら自民党の女性議員たちは、放課後児童クラブの指定管理事業者の変更によって親の共働きが継続できなくなる可能性を、「好ましい」と考えるだろうか?
過去あるいは現在、Tが放課後児童クラブの指定管理事業者となっている自治体は、多くの場合、保守的で自民党色の強い地域である。しかし私から見ると、Tの放課後児童クラブの運営は、保守的な人々に好まれる「百人一首」のような小道具を使って、コストをかけずに子どもたちを管理し、宿題をさせ、子ども自身あるいは子どもたちどうしによるケガだけはさせない、というものである。「伝統文化を重視すべきではない」というつもりはない。しかしTの保育内容は、「保守」でも「伝統」でもない何かであるように思えてならない。
ともあれ、福岡県の片隅から、「女性活躍」や「少子化対策」への強烈なカウンターパンチが炸裂しようとしている。このまま実現すると、春日市に住む女性は、社会での活躍を何らかの形で抑制されるであろう。子育て支援が充実していたので少子化を抑制できてきた春日市は、全国と同等の少子化に襲われるだろう。最初に影響を受けるのは、現在の放課後児童クラブを奪われる、春日市の小学生たちだ。
◆歪められる地方行政。ある学童保育の危機 1
<取材・文/みわよしこ>