安全地帯を抜け出して撮る~西成を描いた映画『解放区』太田信吾監督 <映画を通して「社会」を切り取る3>
※以下では、「解放区」のネタバレになるような内容を含みます。
――「卒業」の後、高校の先輩にあたるミュージシャンの増田壮太さんを描いた前作「わたしたちに許された特別な時間の終わり」(2013)の制作を本格的に開始していますね。
太田:撮影から公開まで7年掛かっています。2007年に彼からライブ映像の依頼があったことがきっかけでライブを撮り始めました。次第にこの人は映画になるなと考えて、日常の撮影も始めたんです。
――増田さんは、高校時代にバンドコンテストで優勝し将来を期待されながらもプロとしてデビューする機会に恵まれず、鬱になってしまいます。そして「この映画を完成させてね」という遺書を残して27歳で自らこの世を去るのですが、物語の途中、増田さんが太田監督を刺し殺そうとしたシーンが印象的でした。
太田:別の日に鬱で攻撃的になった増田さんに、本当に殺されるのではないかと恐怖を抱いたことがあったんですね。そこで、もっと映画を面白くするために、台本を書いて演技しようと提案したところ、増田さんが考えたのがあのシーンでした。友達と僕とで借りていたアトリエで何テイクも撮り直しました。
――そういうやり取りがありながらも増田さんは撮影の途中で、自分で命を絶ってしまったんですよね。予兆はあったのでしょうか?
太田:実家を出て板橋でひとり暮らしを始めた頃からは何回かありましたね。何を飲んだのかはわかりませんが、オーバードーズして実家に連れ戻されたこともありました。
――「わたしたちに許された特別な時間の終わり」は増田さんのご両親と太田監督が話すシーンがあります。今回の「解放区」も引きこもりの本山さんの家を訪ねるところから始まり、お母さんが登場します。何かつながりがあるのでしょうか?
太田:「解放区」は前作「わたしたちに許された特別な時間の終わり」を意識しています。映画は完成しましたが、最後の方は増田さんのことを鬱陶しくなって距離を取ってしまっていたことに未だに罪悪感があって。
増田さんは鬱だったのですが、病気の人ほど正常ではないのかという意識がありました。感受性が豊かだからそうなったのではないかと。前作が完成した直後から、精神的な病を抱えた人が一歩踏み出していくようなロードムービーを撮りたいと思っていました。そういうこともあって今回は引きこもりの人の家族との関わりも描いているんですね。
――西成を舞台にした理由についてお聞かせください。
太田: 2010年に「卒業」の上映で西成に行ったことがきっかけです。労働や貧困問題などの日本社会のひずみが凝縮されたある意味象徴的な場所だと思い、2013年から脚本を完全に作って撮っていました。主人公の須山はかつて西成で出会った行方不明のショータを探すという設定ですが、実際に僕とショータ君と出会ったのは2010年で、彼を探していたというのは本当の話です。
――テレビ局の上層部が企画会議で須山の撮った映像に対してコメントするシーンが秀逸です。商業ドキュメンタリーの制作で感じている限界も描いたのでしょうか。
太田: そうですね。コンプライアンスはもちろんですが、商業の現場ではプロデューサーから、ディレクターと被写体の関係性も含めて主観を消すように指示が出ます。ラッシュ段階(撮影後、編集前の映像素材をチェックする工程)で撮ってきた素材に対して「こういう絵は要らない」と言われることもあります。
――商業の現場での撮影と自主映画の撮影はスタンスを変えているのでしょうか。
太田:変えています。商業の現場ではクライアントのオーダーに応えるようにしていますが、自主映画の時は被写体の印象などを決めつけないように、常に自分の価値観を更新したり、撮ったものを疑ったりと主観を入れるようにしています。撮りたいと思ったものを撮れないなら「撮れないところを撮る」という感じですね。
――なるほど。
太田:商業であれば「被写体が必死で努力する部分を撮って欲しい」というオーダーがあったとしたら、そこにはまらない映像は全部弾かれるんですね。商業の世界はスポンサーさんもいますしオーダー自体は否定しません。でも、自主映画はそうした制約はないので、商業制作ではできないことを実践していますね。
――そうなんですね。
太田:撮る側が安全な位置にいるところをなるべく避けることも意識しています。商業であれば撮るだけ撮って、撮影が終われば自分の居場所に帰ります。でも、自主映画でそれはしたくない。常に被写体と同じところに身を置いてゆらぎの中で撮っていたいですね。
*「解放区」制作秘話や太田監督の考える映画の届け方、作り方などについては、近日公開される続編をお待ちください。
公開情報:1/10(金)より宮城・チネ・ラヴィータ、1/15(水)より広島・横川シネマ、1/31(金)より佐賀・シアターシエマにて上映、以降全国順次公開
<取材・文/熊野雅恵>
被写体の死を越えて
自主映画でしかできないこと
くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。
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この連載の前回記事
2019.12.15
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