日米安保、「宗主国なき属国」という最悪の形態<内田樹氏>

日本人がベトナム戦争に感じた「やましさ」

―― 最近ではアメリカから「駐留経費をもっと出せ」などと言われても、安保批判や安保見直しの声があがることはほとんどありません。しかし、60年安保や70年安保の際には日本でも激しい安保闘争が繰り広げられていました。 内田:60年安保の時には、ふたたび日本人が今度は米軍の「二軍」として戦場に送られるのではないかという直接的な恐怖がありました。戦争が終わってからわずか15年ですから、「もう二度と戦争はしたくない」、「アメリカの戦争に巻き込まれるのはごめんだ」という厭戦気分は市民の間に非常に強かった。だからこそ、あれほど多くの人たちがデモに参加したのだと思います。ふだんは政治にかかわりをもたない町の蕎麦屋や魚屋までが「本日休業」の張り紙をして、デモに行った。あれほど多くの市民が参加した政治闘争は、日本近代史上では、後にも先にも60年安保が唯一のものでしょう。  逆に、70年安保闘争時点では、市民の間に「戦場に送られる恐怖」はもうほとんど感じられませんでした。あれは、本質的にはベトナム反戦闘争だったと思います。僕もリアルタイムで70年安保闘争の現場にいたので記憶していますが、運動の駆動力になっていたのは「やましさ」でした。日本は米軍の後方支援基地として戦争に加担し、戦争特需によって大きな利益を得ていました。いわばアジア人民の膏血を絞って経済的利得を手にしていたのです。  一方、ベトナムは最新鋭の武器を持つ世界最強国を相手に本土決戦を行い、アメリカを打ち負かしました。このことも日本人に深い「恥の感覚」をもたらしたと思います。大日本帝国はベトナムよりはるかに強大な軍事力を持ち、数百万人の兵士を擁して、「本土決戦」をむなしく呼号しながら、アメリカに屈服した。それに比べて、日本よりもはるかに国力で劣るベトナムが、日本が戦った当時よりもさらに強大になった米軍に対して一歩も引かず戦い抜いている。そのことにもいても立ってもいられないほどの恥かしさを感じていた。

「永続属国体制」の確立

―― なぜ当時のような安保反対の声がなくなってしまったのでしょうか。 内田:変わったのは小泉政権以降だと思います。小泉政権はアメリカに対して「のれん分け戦略」をとっていました。対米従属を通じての対米自立という自民党の伝統的な対米戦略ですが、小泉政権はそれをさらに徹底させ、誤った政策を含めて、アメリカの全政策を支持するという極端な対米従属を実施した。そうすることによって、アメリカからイーブンパートナーとして信頼され、「これからはお前も独立して、自分の店の主となって、あとは自分の才覚で商いをしなさい」という許諾をいただくというのが「のれん分け戦略」です。  当時のアメリカ大統領はジョージ・W・ブッシュアメリカ史上最も無能な大統領の一人でした。彼は国際社会では評価されず、国内でも支持率が低かったにもかかわらず、小泉首相はその政策のすべてを支持するという荒業により、かつてないほど親密な日米関係を築きました。そして、その信頼関係をベースにして、アメリカと「五分の盃」に持ち込んで、事実上の対米自立を果たすことができるのではないか・・・と考えて、2005年に日本は国連安全保障理事会の常任理事国へ名乗りを上げます。安保理でアメリカと机を並べ、国際社会をリードすることでアメリカからも一目置かれる存在になることを夢見たのです。  でも、結果は惨憺たるものでした。アジアで日本の安保理入りを支持してくれたのは、ブータンとモルディブ、アフガニスタンの3か国だけだったのです。国際社会は日本が常任理事国入りしてもアメリカの票が一票増えるだけだと考えた。アメリカに完全従属することで日本はたしかにアメリカの信頼を獲得したわけですけれど、それとトレードオフで国際社会からの信頼を失った。こうして、政治大国化することで対米自立を果たすという「のれん分け戦略」は無残な失敗に終わりました。この時点でもう日本には対米自立のためのカードがなくなったのです。  その後、2009年に鳩山政権が誕生して、沖縄米軍の基地の県外・国外移転を求めたとたんに、日本の日米同盟基軸論者たちが襲い掛かって、彼を政権の座からひきずり下ろしました。これは別にアメリカが主導したものではないと思います。日本の「対米従属マシーン」が発動したのです。外務省や防衛省、さらには検察までをフル動員し、鳩山・小沢という対米自立論者の政治生命を奪おうとした。  この時点で、日本のエスタブリッシュメントはもう対米自立という国家目標を放棄したのだと僕は思います。もう永遠にアメリカの属国として生きていくという覚悟を固めた。その永続属国体制を前提に、属国内部で出世して、個人的な利益をはかるという方向に目標を下方修正した。  その帰結が現在の安倍政権とそれを取り囲む縁故政治受益者たちの群れです。彼らにはもうアメリカから独立して、国家主権を回復するような壮図はありません。属国体制を永続させ、その中でどれだけ自分が「いい思い」をできるか、それだけを考えている。  さらに深刻なのは、「もう属国のままでいい」というこの堕落した指導者たちを日本の有権者が支持しているということです。有権者たち自身がすでに属国民マインドを深く内面化してしまった。内閣支持の理由の第一は「安倍さんしかいないから」というものですが、それは「ホワイトハウスが安倍政権を信認しているから」という意味です。日本の統治者の最優先の資格は「宗主国の王様に属国の代官として認証されていること」だと有権者自身が信じているのです。
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「宗主国なき植民地」
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月刊日本2020年1月号

【特集1】安倍長期政権の終わり方
【特集2】日米安保条約の正体
【特集3】日本の食と農が崩壊する
【提起】韓国人被爆者の存在を忘れるな

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