タイで最注目の寿司職人が語る、インド、上海、インドネシアと渡り歩いて知った「寿司」の破壊力

極上の寿司ダネ

タネは信頼できる仲買人とメッセージアプリを介してリアルタイムにやり取りし、築地から直送している(写真提供:見崎昌宏氏)

バンコクで一番勢いのある寿司屋

 寿司職人に出会ったら聞いてみたいことがあった。シャリ炊き3年、あわせ5年、握り一生と最低10年かかると言われる寿司職人だが、ネットなどで頻繁に話題になる有名人、堀江貴文氏が言った“寿司職人の下積み不要論”は実際のところどうなのか。  東南アジアで最も日本人が多い街であるバンコクで今どこよりも勢いがあると言っていい江戸前寿司「鮨 みさき」を経営する見崎昌宏さん(42歳)に話を伺った。
見崎昌宏氏

普段着も江戸前寿司職人らしい服で出歩く見崎氏

「確かに“技術”に関しては料理学校で十分ですよ」  彼はそう断言した。季節によって同じ料理でもレシピを少し変える必要があるが、最近は道具の進化により大まかな技術やノウハウはある程度カバーできる。彼は「極端に言えば、寿司は魚を切って、米を握るだけですから」と言う。もちろん、これは料理人として長年生きてきた見崎氏の謙遜だが、ただ、学校ではあくまでも「寿司を握る」ことの習得で、寿司職人として独り立ちできることとは違うとも付け加えた。 「寿司はカウンターに立ち、客に面と向かって供するものです。相手の食べ方や好みを見て、出し方を変える必要もあります。それは学校では学べない」  見崎氏の言葉の裏を考えてみると、それは「経験」だけでなく「センス」が重要なのではないかと感じる。どんな業界であれ、時代に沿った経営や対応でないとビジネスは成り立たない。彼は「飲食業界、特に日本の伝統である和食の世界も時代が変わり、顧客が求めるものも変化している」と言う。しかし、日本の和食店の中には時代錯誤なしきたりが残っていて、それがもう通用しなくなっていることに気づいていない店や調理師が多い。  見崎氏は寿司職人でありながら、従来の和食の世界に否定的だ。もちろんどんな世界においても華やかな部分と表には出てこない「裏」もある。十代で和食業界に入り、10年近くも下積みを経験したこと、料理の鉄人として知られる森本正治氏にスカウトされて海外に出ることになったことで、俯瞰的に和食の世界の裏表を見ることができるようになった。そして、彼が思い描く、今、日本の飲食業界があるべき姿の理想を体現できる場所として辿り着いたのがバンコクだった。

海外修行で知った、「外国での日本料理」

 見崎氏が寿司職人になったのは、実は彼の料理人人生の中ではごく最近のことだ。元々実家が飲食店で、小さいころから包丁を握ってきた。だから、彼の中では料理人以外の人生は考えられず、17歳のとき、箱根のホテルにある懐石料理店に就職してプロ料理人人生が始まった。しかし、雑用ばかりでなかなか包丁を握らせてはもらえない。 「背中を見て技術を憶えられるわけがない。場数。若いころは少ない給料から何万円もする教材ビデオを買って、家で試作して勉強したものです」  和食の板前は誰もが修行という名目で最初は低賃金だ。先輩も小さな厨房で自分の仕事を奪われないようテクニックを後輩に教えないというケースもあるという。  こうして懐石料理の板前を続けてきたが、31歳になって見崎氏は日本を飛び出した。鉄人・森本氏にスカウトされる形でインドはムンバイにあるホテルの和食店に料理長として移籍する。そこは赴任直前に同時多発テロの現場にもなったホテルだった。見崎氏はここで初めて寿司を作った。ネット動画で勉強し、見よう見まねで作ったカリフォルニアロールだ。 「今は動画サイトがあるからいいですね。センスある人ならYouTubeでプロになろうと思えばなれるくらいです」と笑う。 かつて自分が高いカネを払って買った教材ビデオを買った時代とは大違いだという。  そんなインドで日本の和食と、外国での日本料理は違うものだと知った。 「海外では和食人気とはいえ、本物の和食は見向きもされないんです。ふろふき大根を丁寧に作れば味がないと言われる。味覚の違いや、そもそも料理が洗練されていくプロセスが違うことを学びました」  和食は素材の味を活かすために削ぎ落としていく経過がある一方、外国の料理は調味料などを足していく傾向にあるという。そんな本物の和食や日本のことをまったく知らない外国の日本料理調理師と働くことの難しさとおもしろさも体験し、見崎氏は日本の和食板前が職業柄の閉鎖的であることに気がつく。
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他の和食にはない「寿司」の破壊力
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