日本の薬物依存対策は時代遅れ。必要なのは懲罰ではなく、社会の中で治療すること

5年間も薬物を絶った田代まさしは立派

 だが、本当に治療は実績をあげているのだろうか。なにしろ田代は、’14年7月の出所以来、薬物依存症リハビリ施設である「ダルク」のスタッフとして働いていた人物。首をかしげてしまうのは当然だろう。  そうした疑問に、日本の依存症治療の現場はどう答えるのか。アジア最大規模の依存症治療施設である大森榎本クリニックで長年依存症の臨床に関わっている精神保健福祉部長の斉藤章佳氏に尋ねた。 「薬物依存症は、『クリーンで生きる』つまり回復が軌道に乗るまで平均4〜5回は再発を繰り返すといわれているので、田代さんの5回目の逮捕は、回復のプロセスの中ではさほど珍しいことではありません。それよりもむしろ、これまで5年間も薬物をやめることができていたことを評価すべきです。ふつう、最初の治療の場合、治療を始めても数か月で再発する人が多いので、田代さんはよく継続できたなと思います。再発は回復のプロセスであるという考え方をすれば、むしろ逆に治療はうまくいっていると言ってもいいでしょう」  そんな斉藤氏は、田代容疑者が今後収監されてダルクのプログラムから離れてしまう可能性を考えると、残念でならないという。 「プログラムの成果が出ていたにもかかわらず、また刑務所に入ることになれば、一時期中断してしまいます。刑務所内でも特別改善指導としてプログラムが実施されてはいますが、社会内でのそれと比べると治療効果はあまり期待できません。薬物依存者が再発する場合、それぞれに特有の『引き金』があります。そうした誘惑を回避しリスクに対処できる力をつけることが治療の肝ですが、誘惑自体がほとんど存在しない刑務所に入ると薬物再使用のスイッチが入ることはなく、それで治った気になってしまうケースが大半です」  ある者は、覚醒剤を溶かす際に使っていたミネラルウオーターのペットボトルを見るとスイッチが入る。またある者は予防接種の注射器を見た瞬間に興奮を覚えるなど、その瞬間、彼らの脳はハイジャックされ、大切な家族や友人、恋人の悲しむ顔は吹き飛び、覚醒剤への渇望が起きるのだとか。 「田代さんは、『今日は多分やらないが、明日になったらわからない』と繰り返し言っていましたが、まさにその通りで、薬物依存症の完治はなく、やめ続けることで回復していきます。というのも、一度脳内に構築された条件反射の回路が根こそぎなくなることはないからです。たとえるなら、我々は梅干しを見ると唾液が出ますが、10年間梅干しに触れずにいたとしても、10年ぶりに梅干しを見ればおそらく唾液は出るでしょう。それと同じように、薬物依存症との付き合いは一生続くのです」(斎藤氏)  一生闘い続ける彼らに、社会はどう接していけばいいだろうか。答えはおのずと明らかだろう。 【斎藤 環氏】 筑波大学社会精神保健学教授、精神科医、批評家。専門は思春期・青年期の精神病理学、病跡学、「ひきこもり」の治療・支援や啓蒙活動など 【原田隆之氏】 筑波大学心理学域教授。専門は臨床心理学と犯罪心理学。法務省矯正局法務専門官、国連薬物・犯罪事務所アソシエートエキスパートなどを歴任 【斉藤章佳氏】 大森榎本クリニック精神保健福祉部長、精神保健福祉士、社会福祉士。専門は加害者臨床。20年以上、さまざまな依存症問題に携わる。『男が痴漢になる理由』など著書多数 <取材・文/福田晃浩・松嶋千春・野中ツトム(清談社)>
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