米国の国会議員・専門家も次々と問題提起。日米貿易協定をこのまま批准していいのか

紛争解決メカニズムのない協定

 この他にも、米国のアナリストからの「日米貿易協定には他の貿易協定に必ず含まれている『紛争解決メカニズム』が欠落している」という指摘もある。  これは論点としては非常に重要かつ興味深い。  日米貿易協定では、一方の国が義務を怠ったり、両国で対立が生じた場合の措置として、第6条に「両締約国は、いずれかの締約国の要請の後30日以内に、この協定の運用又は解釈に影響を及ぼす可能性のある問題について、60日以内に相互に満足すべき解決に達するために協議を行う」とあるのみだ。(参照:協定文)  通常の協定に含まれる紛争解決メカニズムが、調停人の選出や人数、調停プロセスの日数や不服申し立てなど、詳細なしくみが規定されることから比べれば、かなり「ラフな」紛争解決方法しか設定されていない。もちろん、これは日米貿易協定が基本的に物品の関税撤廃に限られることから違反も起こりにくく解決メカニズムも漠然としたものでよいとする分析もある。だが、実はここにはトランプ大統領自身(あるいは米国自身)の「紛争解決メカニズムへの不信」が少なからず反映されているのではないか。  世界貿易機関(WTO)は多くの課題を抱えるが、その中で最も深刻なものの一つは、WTOの「裁判所」とされるパネルが機能停止寸前となっていることだ。パネルの上級委員会委員7名のうち、すでに4名が欠員状態で、12月には2名の任期が切れるため、たった一人しか残らなくなる。パネルの欠員補充を一貫して阻止してきたのはトランプ政権率いる米国だ。米国はパネルが出した数々の「米国不利」な裁定に不満を抱き、審理プロセスの改善がされない限り欠員補充に合意しないという態度をとってきた。これには多くの国が頭を抱えており、「米国の勝手な行動を許し続けるのか」との声もある。  トランプ大統領は確実に制度化された紛争解決メカニズムに強い不信を抱いており、日米貿易協定で問題が起これば個別の協議で何とか主張を通すつもりなのかもしれない。一方、日米デジタル貿易協定については「関税」の問題ではなく、ルール分野の協定であり、「関税が対象なので紛争解決メカニズムは必要ない」との主張は無理がある。日本の国会でも論議していただきたい点である。

米国国会議員から出されている協定への疑問点

 WTO違反の問題に関しては、衆議院外務委員会の審議でも野党は追及してきた。しかし前述の通り日本政府は一貫して「米国は自動車・部品の関税撤廃を約束している。従って関税撤廃率は日本が84%、米国が92%(貿易額ベース)となり、WTOには違反していない」との答弁を繰り返してきた。「将来の撤廃云々は置いておいても、現状の段階での撤廃率を出すべき」との与野党議員(与党からは公明党議員)からの要請に対しても、政府は「合意内容と異なる数字を出すと混乱をきたす」と、ごく単純な数字を出すことさえ頑なに拒否している。この点は参議院の審議でも引き続き主要な問題の一つになるだろう。  日本での審議がこのように深まらない中、11月に入って米国議会の中にもさまざまな動きや意見が出てくるようになった。  直近の動きとしては、米国下院歳入委員会は11月20日に公聴会を開催することを発表した。この公聴会は、日米貿易協定及び日米デジタル貿易協定の内容と、包括的な協定を目指す第2段階の交渉の見通しに焦点を当てる、としている。  公聴会開催に先立ち、民主党下院のビル・パスクラル議員(ニュージャージー州)とダン・キルディー議員(ミシガン州)は、USTR宛の書簡を下院歳入委員会メンバーにも回した上で、11月中にはライトハイザーUSTR代表に送る予定だ。  すでに伝えられているように、今回の2つの協定について、日本は通常の条約扱いで国会審議が必要となるが、米国では日米貿易協定については2015年貿易促進権限法(TPA法)に基づき、議会承認を得ずに協定を発効させるよう手続きをしている(デジタル貿易協定については「行政協定」として扱う予定)。  実はこれこそが、米国が大きなアドバンテージを有していることを物語っている。TPA法では関税撤廃率が5%以内であれば大統領の権限で議会承認を省けることになっており、米国にとって「痛手が少ない」こその議会承認省略なのだ。しかし、米国議員にとっては他の貿易協定で行ってきた議会審議が省かれ、議員はいわば「蚊帳の外」に置かれた状態で発効のプロセスが進むことになる。これに対して疑問や懸念が生じることは想像に難くない。  書簡の内容は現時点では非公開だが、私が入手した情報によれば、この書簡には日米貿易協定・日米デジタル貿易協定についての様々な疑問がまとめられているという。その主な内容は以下の通りだ。 ● 日米貿易協定がTPA法の下で議会承認なく批准する手続きと政府の法的権限について詳細な説明を求める。これはTPA法の主要な原則に合致しているのか? ● 米国政府は、TPA法で定める協定についてのアドバイザリー報告書(諮問報告書)をまだ議会に提出していない。これらは大統領が議会に協定締結の意思を通知した9月16日から30日後の10月16日までに提出しなければならないものである。 ● USTRは2つの協定の交渉中に、他の協定と比較して国会議員や議会常任委員会に対してどのような情報提供をしてきたのか? ● 日米貿易協定はWTOの義務に抵触しているのではないか? もしこれを「中間協定」として位置づけるのであれば、政府はWTOに中間協定の条件としての「包括的な協定に向けての計画とスケジュール」を提出したのか? ● 政府は、日米貿易協定が発効して4か月後に第二段階の交渉を開始するというが、この手続きに入るための政府の権限について説明を求める。  先述のWTOとの整合性の問題はもちろん、議員たちは交渉を行ってきた政府(USTR)の情報開示や議会との協働のあり方について疑問を呈している。特に、アドバイザリー報告書が1か月以上も議会に報告されていないという事態は異例で、民主党議員は批判を強めている。この報告書とは、政府内の複数のアドバイザリー委員会(農業、デジタル貿易、労働、環境など貿易に関連する多くの委員会)が日米貿易協定のメリット・デメリットを評価したものだ。米Politico紙によれば、「少なくともいくつかの報告書は、米国政府が日本との包括的な協定に至らなかったことを批判している」とし、そのことが政府が報告書を開示しない理由ではないかと指摘する。日本でも政府の議会軽視という指摘がなされているが、米国でも国会議員に必要な情報が提供されていないという事態が起こっているのだ。  11月20日に行われる下院歳入委員会では、これらの点の多くが問題提起されると見られる。米国議員の受け止めや、第二段階の交渉への方向性が米国でどのように議論されるのか、注目すべきだろう。
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