中村知事の政治的手法は、住民感情を硬化させて事態をこじらせるだけ
こうばるの住民はこれまで一貫して、最終決定権限を持つ知事との面会を求め続けてきた。が、そのたびに河川課長などの対応にとどまり、知事は住民との対面を避け続けてきた。だが、知事自身は必要だと思う時に住民に会いに来る。
2014年4月21日の朝、中村知事は突然こうばるに現れ、各世帯を訪問。住民側は集団での面会を求めているのに、知事は個別に話をしようとしたのだ。あくまで「分断統治」に忠実な手法である。
「話し合う気があるなら私たち住民から県庁に出向く」。住民からけんもほろろに追い返された形となった知事は7月、佐世保市長、川棚町長と揃って、ようやく住民に対する“説明会”を開いた。それが、両者の話し合いの発端となるかもしれなかった。
しかし、中村知事はその期待をあっさりと裏切ってしまう。その説明会をもって
「話し合いによる解決に向けて努力した」として強制収容の手続きへ踏み切ったのだ。
今年9月19日、その後も継続的に面会を要求する住民と県知事との顔合わせが、5年ぶりに実現した。だが、その日は家屋などの物件を含まないすべての土地の明け渡し期限。住む家、生活、故郷、コミュニティを奪わないでほしいという住民たちの訴えが続く中、知事はずっと視線を落としたままだったという。その態度を見た住民の気持ちは、想像に難くない。
後戻りできない状況を作り出してからようやく面会する、知事のその政治的手法こそが、住民の態度を一層硬化させている要因なのだ。そしてそれは今に始まったことではなかったということだ。これでは、事態はこじれる一方である。
長崎県は「住民の同意なしに工事は進めない」という原点に戻れ
初夏には蛍が乱舞する清流・石木川。橋の直下で川幅は4m程度しかない
そこへきて、長崎県河川課の浦瀬俊郎課長の“不謹慎発言”だ。10月30日に開かれた県議などの意見交換会で
「(台風19号などの自然)災害は我々にとって追い風」などと発言し、大炎上する騒ぎとなっている。
浦瀬課長は昨年の住民との面会時にも、同年7月の
西日本豪雨を引き合いに出して「だからダムが必要だ」と語り、住民たちの大きな怒りを買っている。肱川沿いのダムから放流直後に最大5mもの深さの浸水が流域に広がり、9名もの死者を出す大惨事になったのは周知の通りだ。
国政レベルでも、
長崎4区選出の北村地方創生大臣が石木ダム建設について「誰かが犠牲に」という持論を展開し、物議を醸した。一方で「住民の理解を得たい」と言いながらこのようなことを言われれば、気持ちが逆なでされない方がおかしい。
そして、そんなことが何十年も続けば、かたくなにならない方がおかしい。
このままだと、こうばるの住民は抵抗を続けるだろう。行政代執行が可能になったからといって、ダム建設計画の進捗が楽観視される状況にはまったくならない。
長崎県と佐世保市、そして国は住民を殺してでも家屋を撤去し、土地を接収して工事を進めるつもりだろうか。そんなことは不可能だ。かといって、住民が自主的に立ち退くことも、ここまで事態がこじれた以上、ありえない。
行政側と住民側の乖離をそれほどまで押し広げてしまったのは、住民を軽視した行動を取り続けた行政側の態度だ。
もはや、「住民の同意なしには工事を進めない」という“覚書” (行政と住民が交わした数少ない合意である)の精神へと県が立ち返るしか、出口はない。
<文・写真/足立力也>