そして、二つ目の理由です。
テロリストや犯罪者、危険人物といった空港での検知対象者は、何の問題もない普通の乗客に比べ極少数であるため、100%の検知ツールでない以上、誤判定・誤検知は多く出てしまう、ということです。簡単な数字を使ってシュミレーションしてみます。
ある施設利用者が10,000人いるとします。その中で何らかの騒動を引き起こそうと悪意を抱いている犯罪者が10人いるとします。
この犯罪者を捕まえるために、悪意検知率90%を誇る悪意発見器を施設の入場ゲートに設置します。この機器は、犯罪を行おうとする悪意を90%の精度で正しく検知し、その悪意の有無を10%の精度で間違えるというツールです。
入場ゲートでアラームが鳴ったらその人物を捕まえます。果たして、何人の犯罪者を捕まえることが出来るでしょうか。
正解は、もちろん9人の犯罪者を捕まえることが出来ます。しかし、悪意のない普通の施設利用者を間違えて、999人捕まえてしまうことになります。確率を計算すると次の表のようになります。
悪意発見器が「おかしい」と検知した利用者の約0.9%(9/1,008人)が真におかしかった、つまり、本当の悪意がある犯罪者ということになります。こうした誤検知問題は、がん検診やドーピング検査でもおなじみです。検知対象者が少ないと起きてしまうのです。
こうした
弱点を認識した上で微表情の使いどころや使うか使わないかを議論するべきだと思います。
誤検知された普通の人が被るコストと犯罪者を捕まえたときのベネフイットと比べたとき、社会的な幸福は向上するでしょうか。それとも低下するでしょうか。起きる犯罪のレベルによって結論は変わるでしょう。
ハイジャックは爆発物を用いたテロなど、ひとたび発生すれば多大な被害が生じます。そんな場合、犯罪予備軍を捕まえるベネフイットはコストよりもずっと大きくなるでしょう。
また、そうであるからといって、誤検知によるコストを放置しておくことは良いことではなく、コストを減らす努力–微表情を含む様々な人の「心」を検知するツールやプログラムの精度向上や開発―は継続的に研究されるべきです。
しかし、人間の心とその表出、そして行動が、単純な原因と結果という一直線で結べない複雑系である以上、100%の精度を持つウソ発見器やウソ検知法が開発されることは期待できません。複雑系の現象を100%明確に解明することは不可能だと言っても過言ではないでしょう。
したがって、表面上に出てきた数値だけを見て、「完璧ではないツールは使えない」と切り捨て、可能性のある使い方を検討しないのは、考えることの放棄であると言わざるを得ないでしょう。
微表情検知スキルは使えるか、使えないか。それは微表情が生じる状況を考慮せずには論じられません。
また、単一事例だけでも判断出来ません。さらに微表情そのものの問題ではなく、原理的な問題にも目を向ける必要があります。完璧を求めることは出来ません。今、あるもので何が出来るか。工夫と考え方次第で、未来の安全は変わるでしょう。
参考文献
Weinberger, S. (2010, May 26). Airport Security: Intent to Deceive?. Nature, 456, 412-415
<文/清水建二>