不平等による格差は存在しているが、それが他のラテンアメリカ諸国とは異なった様相を呈しているのがチリである。現在、ピニェラ政権への抗議デモが盛んに行われ、つい先日の世論調査でピニェラ大統領への支持率は歴代大統領で最低の14%を記録。不支持は78%。市民は彼の辞任を要求している。(参照:「
Infobae」)
チリはピノチェトの軍事政権以後に奇跡の経済成長を遂げた国である。この40年間に国民一人当たりの所得は4000ドルから28000ドル(300万円)に増え、貧困者も53%から僅か6%まで減少した。例えば、隣国のアルゼンチンと比較しても一人当たりの所得は25%も上回っている。企業の倒産で失業とインフレで悩まされているアルゼンチンと比較しても、失業率は7%、インフレは2%だ。ブラジルのボルソナロ大統領は就任早々にチリを経済発展のための見本にした国である。
その見本とされるべく、極貧層10%の収入は440%にまで増え、10%の富裕層も収入が208%の増加となった。ということで、他のラテンアメリカ諸国と比較して貧困による富の不平等から抗議デモが発生しているのではない。ラテンアメリカで一日4ドル以下の収入しかない市民のなかでもチリはウルグアイに次いで2番目で僅か7%でしかない。他の国だと、アルゼンチンは11%、ボリビアは26%、エクアドルは24%となっている。
では、チリの問題とは何なのか? それは、富の分配において
1%の最大富裕者がGDPの26.5%の富を所有し、それに続く富裕者10%が66.5%の富を所有しているということなのである。即ち、
11%の富裕層がGDPの93%の富を占有しているということが問題なのである。
しかも、最近5年間は一人当たりの所得がほぼ横ばいで増えていない。市民の平均給与はドル換算で562ドル(6万円)である。その一方で物価は上昇し続けているという現状で生活苦にある多くの市民が不満を爆発させて抗議デモとなったのである。その抗議の起爆剤となったのが地下鉄料金の値上げでそれが学生が抗議の声をあげたというわけである。(参照:「
LA TERCERA」)
ピニェラ大統領も企業で成功した富裕者で、貧困層が抱えている問題を十分に理解していないようで、学生の激しい抗議をあたかもチリが戦争下にあるかのような表現をしている。これまで
富裕層のための自由経済推進の前に我慢して来た犠牲者がここに来て一挙に爆発したのである。労働組合、学生、更に20の民間組織に対して軍隊と警察による鎮圧でこれまで18人が犠牲者となっている。
ピニェラ大統領は年金給付金と最低賃金の値上げ、物価の上昇を抑えるメカニズムの設置、富裕者への税率の上昇などを提示して紛争の解決を試みているが抗議側では政府の提案はまだ不十分だとしている。(参照:「
El Comercio」)
ラテンアメリカにおける成長の模範となったチリが、その成長の陰に隠されて犠牲になっていた多くの中流層が富の分配の平等化をついに訴えるようになったのである。その兆候は2017年の大統領選挙での投票率にある。ピニェラが選ばれたが投票率は50%を満たさなかった。それだけ市民は政治に失望していたのである。
<文/白石和幸>