選挙協力、ヤジの排除……政治との結びつきを強める、公安と内閣情報調査室<日本の情報機関の政治化1>

特定の個人を攻撃するつもりはない

 第5に、本記事は特定の個人を積極的に攻撃するものではない。本記事が対象とするのは、あくまで現状をもたらしている政治制度の構造である。例えば、ある雑誌記事の匿名インタビューで、元内閣情報調査室の職員は、内閣情報調査室のトップだった北村氏について「総理と近すぎる関係です。ですから、本来ならばやってはいけない総理の個人的な依頼を受けている可能性も否定できない」と語っている(「映画『新聞記者』で注目の組織「内閣情報調査室」の実態!」『週刊プレイボーイ』、2019年9月2日号、165頁)。  しかし実際には、当の北村滋氏自身が、平成18年の情報機関に関する論文で、内閣情報調査室の政治からの独立性の低さを懸念して、次のように書いていた。「内閣情報官は実質的には行政機関たる内閣情報調査室の長であるにも関わらず、法令上は、内閣法第十八条第二項」によって、「内閣官房長官、内閣官房副長官及び内閣危機管理監のスタッフとして規定されている」。「現在の内閣情報官は(・・・)「独立性」の面において」「問題を有しているとの見方も成り立たないわけではない」。「かかる法令上の規定の仕振りが内閣の情報組織の独立性」「を担保する上で十分であるかについては、更に議論の余地があるようにも思われる」(北村滋「最近の「情報機関」をめぐる議論の動向について」『犯罪の多角的検討渥美東洋先生古希記念』平成18年、有斐閣、313-314頁)。この論文執筆当時、北村氏は内閣情報官に就任する前で、警察庁警備局外事情報部外事課長を務めていた。

CIAのような大規模な組織ではない

 第6に、筆者はもとより、いわゆる「インテリジェンス」問題の専門家ではない。情報機関に所属する人々と、それと知ったうえで直接、接触したこともない。秘密のヴェールに包まれた日本の情報機関の実態について、ほとんど何も知らない。だからこそ、内閣情報調査室のような情報機関を、ことさらにアメリカのCIAになぞらえる捉え方からは、可能な限り距離を取りたいと考えている。例えば、2019年6月に公開され、一部で話題になった映画『新聞記者』(監督・藤井道人氏)における内閣情報調査室の描き方は、事実というより、多分にたくましい想像力に基づくものであって、妥当性を欠くと考える。  実際、内閣調査室と密接な協力関係にあった劇作家の山崎正和氏は、内閣情報調査室を恐ろしい組織だとは考えていない(御厨貴・阿川尚之・苅部尚・牧原出編『舞台をまわす、舞台がまわる―山崎正和オーラルヒストリー』中央公論新社、2017年、134-135頁、149-150頁)。なお、大学教授等と内閣情報調査室のかかわりの一端は、つい先ごろ出版された本に詳しい(志垣民朗著・岸俊光編『内閣調査室秘録-戦後思想を動かした男』文藝春秋、2019年)。  1977年に、当の内閣情報調査室が監修した広報雑誌に掲載された「内閣調査室の素顔」という随想によれば、その「陣容は室長以下百余名」、「予算は人件費を除いて十四億足らず」で、大した情報収集能力もないために、「CIA呼ばわりされるのはどうも釈然としない」とある(相川孝「内閣調査室の素顔」『明日の課題』1977年4月号)。また現在でも、内閣情報調査室の人員は250人に過ぎず、その構成員は警察庁や防衛省、外務省といった他省庁からの出向者であるとされる(今井前掲書44頁)。確かに、250人の寄り合い所帯で、大規模な情報収集活動や陰謀を行うのは難しいだろう。  だが、内閣情報調査室をまったく無力な組織とする見方にも、手放しで賛同はできない。内閣情報調査室の下には、「ラヂオプレス」をはじめとした調査委託団体が存在し、情報収集・分析にあたっていた。また、1952年の「内閣情報室」設置の際の内部文書によれば、組織の目的は反共産主義のための弘報宣伝である(吉原公一郎「内閣調査室を調査する」『中央公論』75巻13号1960年12月号)。実際、1976年-1977年に、『諸君』『週刊文春』に掲載された日本共産党の資金源に関する記事は、内閣調査室と密接な関係があると考えられる(吉原公一郎『『週刊文春』と内閣調査室』晩聲社1977年)。  さらに、1993年から1997年まで内閣情報室長を務めた大森義夫氏の下で、大手出版社の月刊誌に論考を寄稿させるなど、マスコミを通じた世論操作を始めたという(今井前掲書、53頁)。その意味で、内閣情報調査室は、情報操作に従事している。そもそも、内閣情報調査室は情報機関である。自らの実力や重要性を一般人に低く見積もらせるよう情報を操作すると考えても、それほど不自然ではない。  いずれにせよ、信頼できる資料が公開されない内閣情報調査室や(公安)警察について何かを語るのは極めて難しく、筆者にとってリスクも大きい。それでも、現在のところ入手可能な様々な情報を総合すると、警察や内閣情報調査室は、危険なまでに政治に関与していると言えると思う。そのように言える理由は、内閣情報調査室にも多数の人員を送り込んでいる警察組織の人事が、首相官邸によって左右される傾向が出てきているのではないか、と思われるからである。 【参考文献一覧】 相川孝「内閣調査室の素顔」『明日の課題』1977年4月号 青木理『日本の公安警察』講談社、2000年 今井良『内閣情報調査室-公安警察、公安調査庁との三つ巴の闘い』幻冬舎、2019年 志垣民朗著・岸俊光編『内閣調査室秘録-戦後思想を動かした男』文藝春秋、2019年 カッツェンスタイン、ピーター・J『文化と国防―戦後日本の警察と軍隊』日本経済評論社、2007年 北村滋「最近の「情報機関」をめぐる議論の動向について」『犯罪の多角的検討渥美東洋先生古希記念』有斐閣、平成18年 野中弘敏『警備公安警察の研究』岩波書店、1973年 時任兼作「戦前か? 一般人を強制排除した、北海道警「政権への異常な忖度」」『現代ビジネス』2019年8月19日 時任兼作『特権キャリア警察官ー日本を支配する600人の野望』、講談社、2018年。 御厨貴・阿川尚之・苅部尚・牧原出編『舞台をまわす、舞台がまわる―山崎正和オーラルヒストリー』中央公論新社、2017年 吉原公一郎「内閣調査室を調査する」『中央公論』75巻13号、1960年12月号 吉原公一郎『『週刊文春』と内閣調査室』晩聲社、1977年 ワイナー、ティム『FBI秘録―その誕生から今日まで・上』山田侑平訳、文藝春秋、2014年 <文/豊田紳>
日本貿易振興機構(ジェトロ)・アジア経済研究所研究員
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