3秒で起業を決めた。サッカー元日本代表、鈴木啓太の「ネクストキャリア」論

元日本代表・浦和レッズの鈴木啓太氏

元日本代表・浦和レッズの鈴木啓太氏。いまは自身の会社「AuB」のために、フィールドからビジネスに舞台を移して変わらず献身的なプレースタイルで活躍している

 選手時代の経験をもとに2015年、アスリートの腸内細菌を研究するベンチャー企業「AuB(オーブ)」を創業したサッカー元日本代表の鈴木啓太氏。4年間で500人以上の便を集め、その分析データからアスリート独自の特徴を発見。その知見を生かして大手食品会社や製薬会社との共同研究や製品の共同開発を手掛けるほか、自社の製品づくりに力を注いでいる。  16年間に及ぶ浦和レッドダイヤモンズの在籍中、数々のタイトルを獲得しながらもサッカー界に残ることなく事業経営の道を選んだ鈴木氏に、オーブ創業のきっかけやトップアスリートのセカンドキャリアに関する持論を聞いた。

「セカンド」ではなく「ネクスト」と考えていた

――アスリートのセカンドキャリアが社会課題の一つになっていますが、鈴木さんは自身のセカンドキャリアについて、いつ頃から考えていたのでしょうか。 鈴木啓太氏(以下、鈴木):20歳くらいの時から考えていました。ただ、「セカンドキャリア」という言葉には違和感があったんです。それまでやってきたことがぷつりと切れて、全く別の世界へ行くというイメージがあるからです。僕はそうじゃなくて、今までに手にしたものを引き継いで次のキャリアに向かうというイメージを持っていたので、「ネクストキャリア」というのがいいと思っていました。 ――20歳というとまだやっと試合にではじめたくらいの頃ですよね。 鈴木:選手としての夢や目標はありましたが、それでも30歳までやれたらいいなという感じでした。そうするといつ辞めろと言われてもいいように、早めにいろんなことを考えていかなきゃいけないなと。 ――ということは現役時代からすでに次のキャリアのために動いていた? 鈴木:そうですね。“違う畑”の人と会って話をすることが多かったです。特に、ビジネスをしている人の話をよく聞いていました。僕はサッカーしかやったことがなかったので、こんなことしてをきたとか、次はこういう時代がくるとか、社会はこれからこうなっていくといった相手の方の話を聞くのが楽しかったし、刺激を受けていました。  そういうことを通じて、自分がいる世界がすべてじゃなく、世界はもっともっと広いんだなということを知りましたね。そうやって視野を広げていくことが、人間の幅を広げてくれたと思うし、それがサッカーにも生きていました。 ――現在の事業も、早くから準備をしていたのでしょうか。 鈴木:この事業に関しては、これだ!と思ったからやっただけです。3秒で決めました(笑)。  2015年のことです。当時、僕は不整脈があって満足にプレーができなかったんですね。その頃、あるトレーナーと飲みながら話をしている時に、「“うんち”を調べている人がいる」と聞いたんです。何それ?と。  もちろん僕にはその意味がわかったんですよ。きっとその人は腸内細菌を調べている人に違いないと。それは僕が子どもの頃から調理師の資格を持った母親から「腸が一番大事よ」と言われて育ち、毎朝、便の状態を見て体調を測っていましたからね。また高校時代からは腸内細菌のサプリメントを飲み、サッカー選手になってもお腹でコンディションを作っていましたから、その人の話を聞いて昔からの記憶が一気に頭に蘇ってきたんです。 「その人どこにいるの?」「会わせて!」とお願いして、2、3日後には会いに行きました。お話を伺っている間に、「アスリートの腸内細菌を調べたら面白くないですか?」と話したら、それは面白いと。すっかり意気投合して、次の日にはメンバーを募って会社設立に向けて動き出したんです。 ――ちなみに経営の勉強はしていたのでしょうか。 鈴木:いえ、なにもしていなかったです。ただこの研究は必ず注目される日が来るという確信だけはありました。 ――世界にたくさんの優秀な研究機関がある中で、鈴木さんがやろうと思えたのはどういう考えからだったんでしょう? 鈴木:アスリートの中で腸内細菌を知っていて、なおかつそれを毎日のコンディション作りの基礎にしていた人って、たぶん僕以外いないと思うんですよ。それで、これは僕がやるべき事業だというふうに、頭の中でつながったんですよね。  また僕にはアスリートとのコネクションがあるんだから、みんなから便を集められるっていうこともありました。 ――鈴木さんの実績や知名度を考えれば、きっとほかにもいろんな道があったはずですが、よりによって腸内最近の研究という難しい分野を選んだのですね。 鈴木:これは自分がやらなきゃいけないと思ったし、またそれができるのは、おそらく僕しかいないと思ったんです。

夜は眠れず、朝は吐き気。毎日が危機の連続

――創業から4年がたちましたが、会社の経営はいかがですか? 鈴木:ビジネスってほんとに大変だなと思っています。経営なんてやったこともないし、自分でもそういう器があるのかどうかわからないでやってきた面もあって、もしかしたら働いてくれている人たちも迷う部分があったかもしれません。  アスリートから検体(便)を集めるのもめちゃめちゃ大変でした。今も大変ですけど。 ――何が一番大変だったですか? 鈴木:ぜ~んぶ大変ですよ(笑)。人、モノ、カネと、常に足りないのがベンチャーですから。しかも4年間、研究ばかりやってましたから、キャッシュインがないわけです。そうするとやっぱりいろんな意見が出てくるし、経営サイドと研究者とでは意見が食い違ったりで、空中分解しそうにもなるし。そういったことが、毎日のように起きます。そういう意味で、キャッシュが減っていくというのは、すごくつらかった部分はありましたね。  正直、今年のゴールデンウイークの頃は、あと1、2カ月でキャッシュアウトするというところまで追い込まれました。当然、夜は眠れないし、冷や汗は出てくるし、自分が自分じゃない感じですよ。朝起きても吐き気が止まらないこともあったりね。“ヘルスケアの研究してるのに、おまえがそれでどうすんだ”って感じで……社員の前では言えないですけど。  ただ、そういう経験をしてみて、世の中の経営者の方々の苦労もわかったし、尊敬するようにもなりました。みなさん、凄いです。 ――先日、大正製薬、三菱UFJキャピタルなどからまとまった融資を得ましたよね。それでいったん落ち着いたでしょうか。 鈴木:まだまだこれからではありますが、危機は免れました。それもうちの研究員やスタッフのおかげです。本当によく動いてくれました。またいいタイミングで、研究の成果が出せたことも大きかったです。  人間ってきつい時に本性が出ると思うんですよ。そこでふんばれるか、何か出せるのか。そういう点でいうと、みんな不満や不安もあったと思いますが、それぞれがプロフェッショナルな姿勢で臨んでくれました。それもやっぱりメンバーそれぞれに、アスリートに貢献したいという気持ちがあるからなんですよね。  僕自身も、アスリートにとって絶対必要な研究をしているという思いは揺るがないし、スポーツ界に恩返ししたいと、こんなことで負けちゃいられないという気持ちでした。 ――経営者として事業の舵取りで、大切にしてきたこととは? 鈴木:アスリートのための研究をする、というポリシーを貫くことですね。僕にとってこの事業は、サッカー界、スポーツ界への恩返しであるのと同時に僕というアスリートをずっと応援してくれていたファンの人たちへの恩返しでもあります。だから目指す研究成果が出ていない段階で、安易に製品を出したりしないと決めていました。  というのもサプリメントを作ろうという話が初期段階から出ていたんです。でも僕は、それはやらないよ、と。自分たちの最大の役割は、アスリートの腸内環境の研究であって、収益のためにサプリメントを作るのは絶対だめだと強く言ってきました。 ――それで4年間、ひたすら検体を集めて、研究に没頭していたと? 鈴木:地道に4年間、やってきました。頭がおかしくなりそうでした(笑) ――ちなみに、奥様は起業することについてどんな反応でしたか? 鈴木:会社を立ち上げる時に、大丈夫? みたいなことは言われましたけど、反対はなかったです。「だってやりたいならしようがないでしょ」「お、そうだよね」みたいな。それから事業について、何かいうことは一切ないですね。 ――資金繰りで苦しんでいた時は、さすがに心配されていたのでは? 鈴木:まあ、死ななきゃいいんじゃないの、くらいの感じです。
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