関西生コン弾圧はなぜ起きたのか?希薄化する働く人の権利意識<鎌田慧×竹信三恵子・前編>

会社に籠城しても警察は介入しなかった

鎌田:1950年代後半のことですが、僕が10代の頃、印刷・製本労働者の全印総連(全国印刷出版産業労働組合総連合会)の個人加盟の組合を結成しました。社長が労働組合を嫌って、正月に偽装倒産・全員解雇の内容証明を送って来て。会社に行ったら、玄関が閉まっていたんです。そこで労働者たちは、ガラス戸を割って、鍵を開けて中に入って、籠城し始めたんですよね。  それでも警察は介入できないんですよ。労働争議には、警察は干渉できない。だから75日間籠城して、寝泊りして、炊き出しやって、ピケを張り、応援の労働者が来ました。社長の家を探して、家の周囲に「負けられません勝つまでは」なんてステッカーを貼ったり。それでももちろん逮捕なんてされませんでした。  1954年には105日間に渡る近江絹糸争議(※)がありました。このあと中小企業の労働争議が頻発し、59年から三井三池炭鉱の大争議がありました。暴力団が介入して、トラブルにならないと警察が弾圧することはありませんでした。会社が作った第二組合と衝突したときなど、たとえ第二組合が悪くても、第一組合を逮捕するといった場合にしか警察は出てきませんでした。団結権、争議権は憲法で保障されています。 (※ 近江絹糸紡績の大阪本社で、組合員らが仏教の強制や私物検査などに反対してストライキに突入した。)  でも今は籠城なんてしたらすぐに警察が介入するでしょうね。それは警察が独自に行動するようになったんだと思います。以前は、経営者側から弾圧するよう要求があって弾圧していた。今は警察も力を持つよう意識していて、独自に判断してやっているんじゃないでしょうか。  しかも関西生コン事件の場合は、目の前で起きていることに対して現行犯で逮捕したわけではありません。過去のことを持ち出して逮捕しているわけです。  今後も警察が同じようなことを続ければ、労働者の権利である団結権や争議権に対する侵害が極端に進む恐れがあります。昔は団体交渉で靴を脱いでテーブルをガンガンと叩くと賃金が3万円くらい上がったんですよ。本来、団体交渉ではそれくらいやってもいいはずなのに、今ではそれを「恐喝」にされてしまう危険性がある。

新自由主義改革で人間観が覆されてしまった

竹信:私は新聞記者出身で、1980年代初頭ごろまで地方支局で警察取材も担当しましたが、警察もそのころは、組合員が実際に手を出すのを待って、と言うと語弊があるかもしれませんが、まあ、割と慎重に見極めたうえで捜査や逮捕に入るくらいの注意は払っていたように思います。今回は、そうした実際の暴力行為ではなく、ストの「計画」に参加したかとか、頭の中で起きたことを理由に逮捕している。一連の逮捕容疑を見ると、「暴行」とかは1件もなく、「恐喝」と「威力業務妨害」ですよね。要するに、口だけの話です。それであんなにごっそり逮捕できてしまうんだと思うと、私のように口や頭で勝負しようとしてきた人間にはショックです。  背景には、社会の中で、このような権力の恣意的な解釈を監視したり、押し返したりする圧力が減退しているのだと感じます。なぜそうなってしまったのか、いろいろ考えてみたのですが、そこでひとつ見えてきたのは、今の若い世代が育ってきた文化環境です。  大学教員として接してきた学生たちの個人史を考えてみると、彼らは「小泉構造改革」が行われた2001~2006年前後に生まれたり、小学校に入ったりしているんです。要するに、新自由主義改革が社会を覆い尽くし、「小さな政府」の下で自己責任主義が定着していった時代です。2006年には、教育基本法が改定され、“国や郷土を愛せよ“公共の精神を尊べ”という思考を管理する文言が入ってくるわけで、「社会の責任」とか「権力に介入されない人権」などといったことを公式に聞く機会がないのではないかと思います。 鎌田:竹信さんがおっしゃったように、教育基本法の改悪で、教育に対する支配が進んだというのも大きな原因の一つでしょう。  以前は、教員が皆ストライキをして、昼間に学校からいなくなっていました。僕たちもそれを見て育ったし、保護者もそれに文句を言うことはなかった。でも今は教師が何かしたら、すぐに保護者が口を挟みますよね。結局、相手の権利を尊重する意識がなくなっているんですよ。  大きい声を出したり、行動で要求を示したりすることが、恐喝や暴力としてとらえられてしまっている。生存するための正当な主張が受け入れられなくなってきている。  多くの人が自分の権利に鈍感で、相手の権利を尊重する意識を失ったことが事件の背景にあります。警察も独自の権力を強化したい。この問題は、今後他の地域にも波及してくる危険がありますよ。 竹信:私は、新自由主義によって人間観が変わったんだと思うんです。1970年代くらいまでは、実体を伴っていないかもしれなくても、「人には、ただ存在しているだけで生きている権利がある」というのがなんとなく、建前としてありました。労組の組織率がまだ3割はあり、「主婦連」とか、個人がそれぞれの属性でつながる組織活動が、あちこちにありました。そうした中で、他人からの承認や一応の居場所の確認ができ、それが「特別に価値をつけなくても生きていればいいんじゃないの」といった人間観を支えていたように思います。  しかし今は人々が「どれだけの商品価値があるのか」という価値観だけで競わされてしまっている。そこでは、「人としての権利」でなく「企業にどれだけのものを提供できる人間なのか」が幅を利かせます。そうした中で生きている一般の人たちは、権利を守ろうとする動きである社会運動に対して「何やってんの?」と感じてしまう。そういう人権意識の弱まりに付け込む形で、警察が介入してきているんだと思います。 鎌田:「権力に抵抗するのは犯罪だ」という価値観が蔓延してきています。「従うのが一番いい」という空気が醸成されてしまっている。しかし嫌なら嫌と主張し、抵抗していかなければ人間の尊厳を守ることはできません。  運動の周辺にある「世論」というのはとても大切だと思います。例えば、沖縄の反基地闘争の現場でも、沖縄県出身の警官はそこまで荒っぽいことをしていないのではないですか。一方、本土から派遣された機動隊員は、抗議する市民に「土人」などと罵倒していましたね。  沖縄には、反基地闘争に賛成したり、加わったりしないまでも、それに対して理解を示す世論があるんです。それが運動を守ることにつながっている。しかし日本社会では自分の権利意識も失われ、運動が守られなくなっている。 <構成・注/中垣内麻衣子>
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