子どもの意見表明権を「絵に描いた餅」にしないために

日本の大人は、どれだけ子どもの声を大事にできるか?

 今年6月19日付のBuzz Feed Newsの記事で、子どもの意見表明権を保障する取り組みの研究を続け、市町村の児童虐待の相談員を務めていたこともある大分大学助教・栄留里美さんは、こう証言している。 「子どもは嫌がっているのに一時保護所に連れて行くということを経験したんです。子どもの安全を確保することはもちろん重要です。ですが、保護された後に子どもたち自身が苦情などの声をあげる仕組みが機能していません」  それでも半ば強制的に保護され、児相の職員に子どもの権利も説明されないまま、虐待の被害者の自分が悪いことをしたかのような錯覚を覚えながら、施設で渋々生活している子どもは珍しくない。  それゆえに施設から突然脱走したり、違法行為を平気でする同世代の仲間との付き合いの中にしか安心と自由を感じられない子どももいる。  父母が2人だけで親権を独占するという日本の制度自体が、子どもから自立生活という権利を奪い、父母以外の多くの大人たちに扶養される仕組みを作らせず、児童相談所に保護されずに生活することを悪いことであるかのように感じさせているのだ。  そうした制度による不自由を放置したまま、意見表明権だけを法的に保証したところで、「きみの話は聞いた。しかし、制度上、きみの望みは叶えられない。施設に入るか、里親の元に行ってほしい」と説得されてしまう現実は変わらないだろう。  良かれと思って子どもを保護し、守るつもりで不自由を与え、子どもを「法外」へと追いつめていることに、誰よりも大人自身が気づかなければ、子どもの意見表明権は絵に描いた餅になりかねないのではないか?  この問いは、児童相談所の職員はもちろん、学校教師にも、保護者にも、政治家にも、有権者である一般市民にも突き付けられている。  日本の子どもは、小学校から高校まで学校が一方的に決めて児童・生徒に強いる校則を無条件に守らなければならず、学校と対等に交渉できる余地すらない。  そのため、自分の権利を主張することにも慣れていないし、自由意志による自治に基づく民主主義のマインドも育てられていない。  そんな非・民主的な教育環境に12年間も置かれながら、「自分の意見を表明しろ」と言われても、子どもにとっては難しい。  支配・被支配の関係を親や教師から強いられがちな日本の子どもには、「本音を言えば、罰せられる」という不安があるため、意見表明の権利行使を自粛する恐れもある。  では、義務教育で、子どもの発達年齢に応じて子どもの権利を教え、「みんなが持っている権利」という空気を醸成する取り組みは可能だろうか?  可能にするなら、教師が一方的に唯一の正解を与えるという教育の文化そのものを根本的に改める必要があるかもしれない。  特に、障がいや病気の程度によって学習能力があいまいで、自分の意見を正確に言葉で表現できない子どもの場合、満足な意思疎通するために、その子どもの資質や能力に合わせたコミュニケーションのスタイルを模索する手間は避けられない。  絵の得意な子なら、絵で伝えたことも権利行使の結果と公式に認められるか? 音楽ならどうか? ダンスならどうか?

省庁の垣根を取っ払う「子ども庁」(仮称)の構想

 こう考えると、子どもの気持ちを読み取るためのアドボケイト(子どもの言い分を代弁する大人)役にとって大きな負担になるのは必至だ。しかも、レイプや性的虐待などの性に関する意見は、当事者の子どもにとってなかなか言い出しにくい。  しかも、ここまでくると、文科省ではなく、厚労省の管轄になる。すでに罪を犯した子どもの意見表明権については、法務省や警察庁の管轄になる。  このように、省庁がそれぞれ部分的に児童の権利擁護に対処しようとすれば、意見表明権を行使したい子どもも、子どもの権利を守りたい大人も、法律を遵守させたい政治家も、役所間でたらい回しになるだろう。  そこで興味深いのは、参議院議員・山田太郎さんが構想している「子ども庁」(仮称)だ。  山田議員は、2016年2月に首相官邸へ赴き、子ども庁(仮称)の創設を骨子とする「社会擁護及び障がい者福祉に関する要望書」を、世耕官房副長官経由で安倍首相、菅官房長官へ提出した。  同議員が執筆した記事によると、子ども庁(仮称)とは次のようなものだ。  子どもの虐待、子どもの貧困、子どもの機会の平等・教育の質の向上、待機児童と言った子どもに関する社会問題を総合的に解決することを目的とし、児童相談所、保育所、幼稚園、学校、福祉事務所、医療機関、里親、児童福祉施設、地方公共団体の窓口、警察の窓口、裁判所が各省庁連携できる仕組みを早急に構築し、情報共有を図る体制を構築する。 「私は、6省庁を呼び『国として、いったいどこの部署がこの児童虐待を総合的に扱っているのか。』何度も何度も詰め寄りました。しかし、内閣府、文科省、総務省、厚労省、法務省、警察庁それぞれの担当部署については、残念ながらどちらの部署も断片的に児童虐待や子どもの問題を扱っていて、結局のところ総合的に情報を集めリーダシップを取ってまとめあげる省庁は、なかったのです」(山田議員の同記事より)  虐待や貧困などに困っている子どもに関するすべての情報が子ども庁(仮称)で一元化され、国から児相や少年院などの子どもの相談現場へ指導・通達、さまざまな現場から国への情報収集が速やかに行われるようになれば、子ども自身のニーズを今よりもっとハッキリと知ることができるようになる。  そうなれば、意見表明権はもちろん、その他の子どもの権利の法的保証も進むかもしれない。  それでも、子ども虐待をなくすために民間で動き出す大人を増やさない限り、深刻な虐待死事件やトラウマによる精神病で一生苦しむ虐待事案は今後も続く。  筆者と共に動き出したい方は、「今一生のブログ」を検索し、連絡してほしい。
フリーライター&書籍編集者。 1997年、『日本一醜い親への手紙』3部作をCreate Media名義で企画・編集し、「アダルトチルドレン」ブームを牽引。1999年、被虐待児童とDV妻が経済的かつ合法的に自立できる本『完全家出マニュアル』を発表。そこで造語した「プチ家出」は流行語に。 その後、社会的課題をビジネスの手法で解決するソーシャルビジネスの取材を続け、2007年に東京大学で自主ゼミの講師に招かれる。2011年3月11日以後は、日本財団など全国各地でソーシャルデザインに関する講演を精力的に行う。 著書に、『よのなかを変える技術14歳からのソーシャルデザイン入門』(河出書房新社)など多数。最新刊は、『日本一醜い親への手紙そんな親なら捨てちゃえば?』(dZERO)。
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