『天気の子』は、児童福祉の視点で見ると、さらにリアルで面白い!

銃を2度も発砲した帆高は、なぜ保護観察処分で済んだ?

 『天気の子』がリアルなのは、空や都市などの風景描写だけではない。  天気という自然現象を命がけで祈れば変えることができる力を持ち、東京湾沿いを水没させるぐらいに世界の姿を一変させることができても、社会のルールだけは変えられない。  その無力ぶりの描写こそが極めてリアルで、せつないのだ。  そこで議論を呼びそうなのが、帆高と陽菜の再会シーンだ。  二人が別れさせられて2年半の間、帆高は実家に戻り、高校を卒業。その春、再び上京した。  小説版によると、彼にかけられた嫌疑は、銃刀法違反(拳銃所持の禁止への違反)、刑法95条(公務執行妨害)、殺人未遂罪、鉄道営業法37条違反(線路を走った)。  これだけ多くの罪の疑いをかけられても、家裁では「銃は故意の所持ではなかったということが認められ、一連の事件の重大性は低く、非行性も薄いと判断され」少年鑑別所に1か月ほど入れられた後、保護観察処分となり、離島の実家へ送り帰された。  ここで「さすがにご都合主義だ」と考え、納得できない人もいるだろう。  銃を2回も発砲し、1回は警察官たちに銃口を向けて構えた帆高の動機を、警察が事実をもとに理解しようと努めても、家出少年が言う「晴れ女を救いたいから」が通るわけがない。  少年刑務所あるいは医療少年院に送られた帆高が、数年後に施設の門を出てきたとき、どしゃぶりの中、傘で顔が見えない若い女性が近づいてきて、帆高の涙顔のストップモーションで終わる。そんな結末も、ありえたかもしれない。  もっとも、そうなると『幸せの黄色いハンカチ』と同じだ。  そうした収まりの良い結末は、雨が延々と降り続ける「異常気象」という狂った世界を舞台にした作品にふさわしくない。  それより、18歳になった帆高が、再び訪れた東京で、少年法では裁かれなかった自分の罪の重さに気づいていくだろう未来を観客に思わせた方が、少年少女の伸びしろを信じ、「生き抜いてくれ」「大丈夫だ」と願う本作のテーマに合致する。  それに、須賀の兄は財務省の官僚。その権力を警察にちらつかせ、帆高の処分を意外なほど軽くさせたのかも…、と「大人」の想像をしてみるのも面白いかもしれない。

生活と社会という現実が、子どもを大人にする

 では、陽菜の方は2年半、どう暮らしていたのか?  親権者がいないため、まともなバイトができなくなって「晴れ女ビジネス」を起業したものの、それはもう無理。  15歳なら株式会社の社長になれる年齢だ。いまどきの中高生のようにべつのビジネスで起業したのか? スマホも中学生活もない彼女には、同世代の新しい動きを知って刺激を受けることはないだろう。  それとも、年齢詐称を続けて、歌舞伎町の風俗で働いていたのか…?  伏線は、須賀が公務執行妨害をしても帆高を鳥居まで上らせるという「改心」を見せ、凪と愛娘が一緒に遊んでいる画像を帆高に見せた点と、小説版で「弟との生活が再び許されるだろう」と書かれてある点だろう。  これは、児童相談所に保護されず、子ども2人だけの暮らしが続けられたことを意味する。  おそらく、須賀が親権者のいない陽菜の未成年後見人になったのだ。  東京湾沿いが水没後、須賀の会社はオフィスビルの1室を借り、2人の常勤スタッフを雇えるほど繁盛しているので、陽菜へ生活費や学費を援助することもできる。それなら陽菜は堂々とバイトができ、高校へも通える。  こう考えると、スマホのない陽菜が、帆高の唯一知っている手がかりである陽菜の家へ続く田端駅前の坂道で、毎日毎日ずっとずっと待ちわびていたせつなさの深さに泣けてくる。  陽菜は、「晴れ女」という役割を失っても、帆高と一緒なら新たな役割を獲得できると信じられたから、いつまでも待ち続けられたのだろう。  社会のからくりは「命がけで祈れば晴れる」という単純なものではないけれど、勇気を分かち合える誰かと一緒なら、その謎解きにワクワクする憧れを抱いたまま生きていける。  ここまでリアルな設定を盛り込んでいる以上、もう、大傑作と呼ぶしかない。「こっちはそんなの全部わかっててエンタメを提供してんの」という須賀のセリフに、新海監督の自信が見え隠れする。  狂っているのは、天気や世界だけじゃない。  大人が作り出した社会のルールも、子どもを保護するつもりで支配し、子どもを「法外」へと追いつめているのだ。  狂った社会を変えられるのは、この社会が狂っていることに気づいた人だけだろう。  祈ることしかできなかった無力な子どもも、いつかは大人になる。  狂ったルールに従い、ガマンだけで乗り切るなんて、人生や命がもったいない。  筆者は、帆高や陽菜にそう言われた気がするよ。 <文/今一生>
フリーライター&書籍編集者。 1997年、『日本一醜い親への手紙』3部作をCreate Media名義で企画・編集し、「アダルトチルドレン」ブームを牽引。1999年、被虐待児童とDV妻が経済的かつ合法的に自立できる本『完全家出マニュアル』を発表。そこで造語した「プチ家出」は流行語に。 その後、社会的課題をビジネスの手法で解決するソーシャルビジネスの取材を続け、2007年に東京大学で自主ゼミの講師に招かれる。2011年3月11日以後は、日本財団など全国各地でソーシャルデザインに関する講演を精力的に行う。 著書に、『よのなかを変える技術14歳からのソーシャルデザイン入門』(河出書房新社)など多数。最新刊は、『日本一醜い親への手紙そんな親なら捨てちゃえば?』(dZERO)。
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