しばらくするとその子のお母さんが到着します。
「お母さんは書店の責任者や警察官に謝罪し、子どもと対面したのですが、お母さんも子どもも一言も話さないのです。お母さんは子どもを険しい表情で見つめていました。そのとき、子どもの表情にはじめて変化が見られたのです。一見、中立に見えるのですが、よく観ると口を一文字に結び、感情を抑制しているのです。このとき私は『この子はお母さんに対してなら感情が動くのだ』と思ったのです」
この子の感情抑制の微表情を逃さなかったR・Tさん。R・Tさんがとったアプローチは次の通りです。
「警察官がお母さんに事情説明をし、万引きした本の買い取りのため一旦レジに向かいました。このとき事務所には、警察官、私、そしてこの子の3人がいました。私は、万引きのうんぬんではなく、お母さんがどんな想いで迎えに来たか、お母さんの想いを中心にその子に話しかけていきました。すると、その子は涙を流しはじめたのです。『お母さんが君のために頭を下げに来たことを二度と忘れないで欲しい』というと、頷きながら、悲しみ表情を浮かべ、涙を流しはじめました。最後に私は『自分の口でお母さんに謝ってな』と言いました。」
レジから戻ってきたお母さん。その子はR・Tさんを一瞥し、お母さんに謝ります。
「お母さんの表情は険しいままでしたが、最初の怒りに満ちた目から、怒りとは異なった感情を含んだ母の目に変わっていました。目の表情が僅かながら最初よりも緩くなったように感じました」と、R・Tさんはこのときのお母さんの様子を述懐します。
お母さんとその子が退出後、書店の責任者は、子どもが泣いていた様子に驚き、反省しないと思っていた子が最後には反省していた様子に驚かれたようです。
R・Tさんも微表情観察が出来るようになる前までだったら、「『この子は変わらないだろうな』と決めてかかり、またこの子がウソをついているかどうかという視点からしか話を聞けなかったと思います。微表情観察をするようになってから、事務所で対座した万引き犯の感情の流れを読むようにして話を聞き、説諭するようになりました。こうした姿勢が今回の結果にも反映出来たのだと思います。」と説明されました。
R・Tさんによれば、多くの私服保安員にとって、万引き犯をつかまえることが実績とカウントされるゆえ、万引き犯に対し説諭、つまり反省を促したり、再犯を防ぐための言説をすることに熱が入らないようです。
R・Tさんは、かつて同僚から「犯罪者は変わらない」「君のやっていること(説諭)には意味がない」と言われたことがあるそうです。
R・Tさんは、そうした同僚に対して「犯罪者を変えられるだけの説諭をしたのか」と憤りを感じつつも、自分は「再犯を防ぎたい」「関わったことによってその人の未来が少しでも明るくなれば」との想いをこれからも持っていたいと語ってくれました。
現在AIで万引き犯を検知するシステムが登場し始めています。
加速度的にこうした時代に変化するにつれ、R・Tさんのような相手の感情の流れに沿った説諭こそ、人間にしかできず、これからの保安員にとっての大切な仕事になってくるのではないかと、今回の取材を通じて思いました。
さて、万引きGメンと言えば冒頭で書いたように、注目されるのが万引き犯を見抜くその眼力です。次回、R・Tさんならではの観察眼と体験について迫りたいと思います。