photo by 板垣聡旨
2016年7月26日、相模原市にある障害者施設「津久井やまゆり園」にて入所者19人が元職員の植松聖被告によって殺害された。また職員を含む、27人が負傷。
3年を迎える2019年7月26日、津久井やまゆり園には、多くの花が献花されていた。その様子の写真を撮ると自然と涙がこぼれる。
photo by 板垣聡旨
相模原障害者殺傷事件から3年を向かえるにあたって、「この問題はどこにあるのだろうか」とずっと問い続けてきた学生時代を思い出す。当時重度障害者の自立生活支援をしていた。
活動で知り合った障害を持つ一人の東大生を思い出し、連絡を取った。「いつでもウチへおいでよ」の一言で了承を得て、取材を行った。
「優生思想」に気を取られ続け、”植松”自身と向き合わなかった社会
取材を引き受けていただいたのは、東京大学文学部哲学科4年の愼允翼(しん・ゆに)さん(22歳)。愼さんは、10万人に1~2人が発症する脊髄性筋萎縮症(通称:SMA)全身の筋力が弱まるといった障害を抱えており、24時間の介助を必要としている。もちろん自分の力で歩くことはできなく、ストレッチャーでの移動だ。
提供:愼允翼
愼さんは特別支援学校には行かず、高校まで健常者と同じ学校、同じクラスで過ごし、2016年に東大に推薦合格。今現在、西洋哲学を専攻している大学生だ。相模原障害者殺傷事件に対して言葉のトーンを強めて話す。
「植松の『なんで障害者を生かさなくてはいけないのか』という問いを誰も掘り下げて考えようとしなかった。彼の問いは抹殺されたんだ。『優生思想』というものは、そもそも『思想』に値しないのではないか。それなのに
植松の考えに『優生思想』というレッテルを貼って済まそうとしてしまっていたよね。植松の主張が、どのような根拠により、どのような人格から成される主張なのか。検討と対話をしてこなかった」
愼さんは、私たちが植松被告と対話をしなかった点を指摘する。事件発生後、多くのメディアに取り上げられ、世間を騒がせた。平成で最悪の事件と謳われ、多くの人が怒りを露わにした。
しかし愼さんは「被害者でも、遺族でもない我々が被疑者に対して怒るのはお門違いだ」と話す。私たちがすべきことは、「
被疑者を恨むのではなく、なぜこの事件が起きたかを考えること」だという。
それなのに、怒りに駆られ、植松被告の考えを「優生思想」と名指して済ませようとしてしまった私たち。この点が問題だと愼さんは話す。
「彼の思想はヒトラーと言われているが、彼はヒトラーではない。類似しているにすぎないもの。ヒトラーの思想や優生思想といった枠組みに当てはめて理解した気になってはいけない。彼の主張を支えているロジックと人格に対して目を向ける必要がある」
矛盾だらけの優生思想に目を向けるのではなく、個々に焦点を
事件直後、植松被告は、殺した障害者を「心失者」と述べていた。彼らを人間とは思っていなかった片鱗が垣間見れ、世間は「これは優生思想ではないか」と騒ぎ立てた。
このことに対して「どう思う?」と愼さんに質問をすると、「そもそも論として、
優生思想は思想ではない。ロジックが自己破綻している」と返って来た。そして、優生思想の矛盾点を話し始る。
「まず社会は、”
個人が責任を負えない、負う必要のないものをみんなで分散して負う”もの。強盗が入った時は、個人では解決できないので警察を呼ぶよね。警察とは、みんなが税金をだして構成されている組織。警察だけじゃなくて、水道や道路も同じ」
愼さんが強調しているのは、「強盗に対処するかや水道の水を引けるかどうかは、個人の責任の範疇にない。優劣とは結びつかない」ということ。同様に、個人の責任の範疇にない障害の有無も優劣とは結び付けようがないのだ。
優生思想とは、
「優劣を持ち込み、劣っているものの排除をする」こと。そうなると、強盗や水道も優劣の範疇に入れなければならない。
この意見を聞くと、「それはそうだけど、障害者は税金に対する依存度が大きい」と一部の人が思うはず。しかし、それは「優生思想」というレッテルで怯えているようなその類の話ではなく、福祉政策の在り方の議論となってくるのが現状。
論理が破たんし、思想に値しない考え方である優生思想。向き合う意味もないのではと思ってくるが、無視をしてはならない。
愼さんはここで注意点を述べ始める。「彼らを無視するのではなく、彼らの発言の意図を汲み取ること」ということだ。対話を通して、彼らがなぜその思想を抱いたのか。対話を通して、その思考に至るまでの恨みや辛みを解きほぐすことが一番重要なのだ。
優生思想といった論理破綻したマクロなものに囚われるのではなく、個々の思想の背景に目を向けなければならない。これをしないと、また同じ事件が起きると愼さんは話す。