「福島の甲状腺検査は即刻中止すべき」といえるのか? 朝日新聞『論座』に掲載された記事のおかしさ

福島第一原発事故による帰宅困難地域

多瑠都 / PIXTA(ピクスタ)

朝日新聞のサイト「論座」に掲載されたある記事

 6月29日に、朝日新聞のサイト「論座」に『福島の甲状腺検査は即刻中止すべきだ(上)無症状の甲状腺がんを掘り起こす「検査の害」』なる記事が掲載されました。「(下)」も合わせて掲載されています。  これは、大阪大学サイバーメディアセンター教授の菊池誠さんが執筆されたものです。  最初のパラグラフには以下のように書かれています ===  本稿では福島で現在行われている甲状腺検査について考える。最初に結論を書いてしまうと、筆者はここで、甲状腺検査が医学研究倫理に反しており、受診者の人権を侵害しているので即刻中止するべきと提言する。 ===  ここでは、では、上のような主張、特に甲状腺検査は「医学研究倫理に反し」「受診者の人権を侵害して」いるのか、を、現在まで検査がどのように行われてきてそれからなにが明らかになっている、あるいはなっていないのか、という観点から検討します。  まず、「医学研究倫理に反し」ている、という主張の根拠はなんでしょうか?  この『論座』の記事の最初のセクションは「甲状腺検査は医学研究倫理に反している」がタイトルになっていますから、このセクションをまずみていきましょう。  第二パラグラフには以下のように書かれています。 ===  甲状腺に対する放射線影響の有無を知りたいという希望が医学の世界やあるいは広く一般にあるのはわかる。しかし、甲状腺がんのように進行の遅いがんを無症状のうちにスクリーニングで発見してしまうことには利益がなく害だけがあるので、その希望は捨てなくてはならない。科学よりも受診者個人の利益が優先するというのが倫理だからである。 ===  ここでは、「科学よりも受診者個人の利益が優先するというのが倫理」と述べられます。つまり、福島で現在行われている甲状腺検査は「科学」を目的としているが、それよりも受診者の利益を優先させるべきである、ということです。  ここでの「科学」というのは「甲状腺に対する放射線影響の有無を知りたいという希望」のことです。さらに、甲状腺検査でがんを発見してしまうことには利益がなく害だけがあるので、検査は受診者の利益にならない、と主張されます。  なお、「科学よりも受診者個人の利益が優先するというのが倫理」については、(上)3ページ目に以下のように述べられます ===  ここで、「人間を対象とする医学研究の倫理的原則」を定めたヘルシンキ宣言(注8)に目を通してみよう。その第8項には「医学研究の主な目的は新しい知識を得ることであるが、この目標は個々の被験者の権利および利益に優先することがあってはならない。」(日本医師会訳)とある。 ===  つまり、「科学よりも受診者個人の利益が優先」という菊池さんの主張は、「新しい知識を得ることよりも被験者の権利および利益が優先」というヘルシンキ宣言の内容を、「新しい知識」=「科学」として少し違ういいかたにしたもの、となります。

菊池氏の主張は以下の3点

 菊池さんの主張は以下の構造になっていることがわかります。 a) 現在福島県で行われている甲状腺検査は「甲状腺に対する放射線影響の有無を知りたいという希望」のために行われている。これは、「科学」のため、ないしはヘルシンキ宣言の言葉通りなら「新しい知識」のためということができる。 b) 現在福島県で行われている甲状腺検査は、進行の遅いがんを無症状のうちにスクリーニングで発見してしまうだけであり、害だけがある。 c) 従って、「科学(ないし新しい知識)よりも受診者個人の利益が優先するというのが倫理」であるからには、このような検査は行ってはならない。  (a)と(b)の両方が適切な主張であるなら、結論である (c) も適切ということになります。一方、どちらかが適切なものではないなら、少なくともこの論理によって「福島の甲状腺検査は即刻中止すべき」ということにはなりません。  なお、だからといって「福島の甲状腺検査を現在のやり方で継続するべき」といえるわけではありません。それは別の問題であり、本記事の後半でふれます。  以下では、まず、上の(a)、(b)が適切かどうかを検討します。
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甲状腺検査は「科学」のためだったのか?
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